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聖地 [コンサート会場]

『 日本青年館大ホール 』

神宮外苑の緑の森の中、各種スポーツ施設や教育施設に囲まれた
都心の静かな環境に建つ、都内有数の大ホール。

JR総武線の千駄ヶ谷駅から歩けば、国立競技場から明治公園、
隣の信濃町駅から歩けば、絵画館前から外苑広場を通る
都内でも他にない、緑に囲まれた素晴らしい立地条件にある。

春は、目に鮮やかな新緑に映え…

夏は、突き抜けるほどの真っ青な空に映え…

秋は、赤と黄色の華麗な絨毯に映え…

冬は、舞い散る雪と吐く息の白さに映え…。


その煉瓦色の建物は、いつも四季折々の風景の中に…。


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1階席970、2階席390、計1,360席。


コンサートに使われる都内屈指の大ホール日本青年館。

舞台演劇やクラシック、テレビ番組の公開放送、
最近では宝塚歌劇団の公演も行われている。

初めてのホールコンサートとして使われることが多く、
そのアーティストの動員力を試されるホールでもある。
一流アーティストへの登竜門的なコンサートホール。

その大きさと、背負う想いに足がすくみ…

開演前には極度の緊張に襲われるという…。

沢田聖子さんも。


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千駄ヶ谷に所要があり、
その合間を縫って、久しぶりに懐かしい建物を見に…

東京体育館から国立競技場、明治公園に入ると、
真っ先に目に飛び込んでくる日本青年館。

遠目からもすぐにわかる、煉瓦造りの日本青年館。
今も変わらない煉瓦色の日本青年館。

初夏を思わせる東京の青空の下、
変わらないぬくもりを感じる建物。

大ホール入口の階段の下に辿り着くと…
あの日と同じ風景が…

あの日と同じ…
階段下の木陰、自販機、喫煙場所…

照り返す陽射しも、頬をなでる風も、あの日と同じなのでは…
と思うほど、変わっていない。


そして…

あの日の自分がそこにいた。

階段半ばで、開場を待っている自分が…。

1981年の、高校3年生の自分が…

そこにいた。


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1981年7月1日。

やや薄曇りだったあの日。

初めての大ホールコンサート。

「 さわやかコンサートvol,3 」

この年の4月に2枚目のオリジナルアルバム
『 青春の光と影 』 をリリース。

アルバムを引っ提げての全国ツアー。
その東京公演として発表され、チケットは数時間の即完。


まだ電話予約だった時代。

必死の思いで手にしたチケットは…

1階B列30番。

ほぼセンターの真正面。

それまでで最高のセンター2列目。

初めての2列目。


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4月の発売日に買ったニューアルバム 『 青春の光と影 』。

毎日毎日…
レコード盤が擦り切れるほど、何度も何度も聴き、
スクラッチノイズどころか、音が割れてしまうほど聴き…。

この日のコンサートの物販コーナーで、
2枚目の 『 青春の光と影 』 を買った日。

初めて、同じレコードをもう1枚買った日。

初めて、同じレコードを2枚手に入れた日。

特典でついてきたサイン色紙は、
今も大切な想い出の品。


自分の席に座ると、ステージとの近さに驚き…
客席が徐々に埋まって行き…
そのざわつきが、心地よくて…。

開演5分前の1ベルが鳴ると、鼓動が高鳴り…

高鳴る鼓動を落ち着かせるように目を閉じると、
舞台裏で同じように開演時間を待っている沢田聖子さんの…
その鼓動を同じように感じることが出来るような気がして…。

開演前に目を閉じ、その鼓動を合わせることを初めてした日。



このコンサートが、初めてのライヴ盤になる…
という情報が流れていて…

聖子さんもファンも、緊張していた日本青年館。

30年経って再び甦った、客席の熱いかけ声。

この大きさをものともせず、立ち見まで出た日本青年館。


その翼を、初めて大きく羽ばたかせた…日本青年館。


まさに…

沢田聖子さんと初期からのファンの聖地。




その日本青年館。

2020年の東京オリンピック開催が決まり、
国立競技場と共に建て替えが決まったという。

2015年の3月までの営業を最後に、40年近い歴史に幕を閉じる…。


ついに…

あの想い出の聖地が…

消える…。



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Gallery Gloss & Coffee [コンサート会場]

『 Gallery Gloss & Coffee 』

岡山駅から岡山城と後楽園までまっすぐに伸びる国道42号線。
通称 " 桃太郎大通り "

その通りから脇筋に入った住宅街に位置するライヴハウス。
ファンの間では、親しみを込めて「グロス」と呼んでいる。

通常は喫茶店兼ギャラリーを営んでおられるお店で、
店内には版画や彫刻などの美術品が常設展示されている。

落ち着いた店内の雰囲気は、ゆっくりと時間が流れる心地よい場所。

2011年にリリースされたアルバム 『 宝物 』 を引っ提げての
「幸せを探そう」ツアーからライヴ会場として使うようになり、
今では毎年必ずツアースケジュールに組み込まれるほどの、
沢田聖子必須のライヴスペース。

ギャラリーの写真展では、聖子ファンでもある写真家の尾上さんが
定期的に作品を展示されている。

また沢田聖子さんのライヴに合わせて、尾上さんが聖子さんの楽曲
『 坂道の少女 』 や 『 卒業 』 等をモチーフとした写真展を開催され、
沢田聖子一色に染まった会場が、聖子ファンを迎えてくれる。

これ以上ない、ファンにとってうれしいおもてなし。


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ギャラリーグロスのライヴチケットは
写真家の尾上さんの写真がデザインされた、
上質なファインペーパーの葉書サイズのチケット。

ツアーグッズとしても申し分ないほどの、ファン垂涎のライヴチケット。

世界に二つとない、その日だけのライヴチケット。

今では味気ないチケットが当たり前になってしまった時代。
アーティストの写真が載ったチケットは、
ファンにとっては想い出が詰まった宝物の一つ。


グロスのチケットは…

ファンが何を求めているのか…

ファンにとって何が大切なのか…

それを知っている…。

たかがチケット…されどチケット。

その日ライヴに行った人だけが持つ、大切な大切な想い出。

ファンの想いを大切に包んでくれる…

『 Gallery Gloss & Coffee 』


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2012年のライヴから足を運ぶようになり、
今では欠かせないライヴ会場の一つとなったグロス。

新幹線で岡山に到着して、何をおいてもまずお店に向かう。
マスターと久しぶりの再会を楽しみに…
お店に直行する。

ライヴの時間になれば、写真家の尾上さんと奥さまとの再会。

やさしいお人柄の皆さん、懐かしい故郷に帰ってきたような気もちに…

東京生まれの自分にとっては…
故郷のない自分にとっては…
なつかしい故郷へ帰った想いになる瞬間。

お店に向かって歩いて行くと…
マスターがお店の前で私に気付き、
笑顔で迎えてくれる…。

涙が出るほどうれしい瞬間。

翌日の午前中には再びお店に足を運び、珈琲を頂きながらマスターと…。

ゆっくり流れる時間に身をゆだね…
いつまでもここにいたい…と…。

こんなライヴハウスは、世界中探しても他にない。


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今ではすっかりじっこんにさせていただき、
細やかな格別のご配慮に、いつも感謝するばかり…。

アットホームな雰囲気に包まれたステージは、
聖子さんもファンもスタッフも、みんな笑顔になるライヴ。

3月29日のライヴも、気がつけば3時間近く…。

定員30名ほどのスペースならではの距離の近さ。

今回はキーボードの真正面に席を取り、
聖子さんが視線を譜面から上げれば、すぐに目が合う距離。
時折向けられる熱い視線に、卒倒しそうなほど…。


出しゃばれば叱られ…
おとなしくすれば、物足りなさそうに不平を漏らす姫…

リクエストでも、スルーされることが常の常連組。


グロスライヴは、そんな距離を縮めてくれる場所。
アットホームな雰囲気が、硬くなりそうになった心を解かしてくれる。

言葉はないけれど…

瞳が…。

ぶつかる瞳が…

語ってくれる…。


次は…秋。

今から待ち遠しい…グロスライヴ。



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日本青年館大ホール [コンサート会場]

2020年の東京オリンピック招致に向けて、国立競技場の開閉ドーム化と
収容規模の拡大等で、日本青年館大ホールが取り壊されるとのニュースが…。

1981年7月1日、「さわやかコンサートvol,3」で初めて立ったステージで、
3枚目のアルバムとして、初めてのライヴ盤となった日本青年館コンサート。
チケットは即完、立ち見が出るほどの盛況ぶり。

客席数1,300を超える、初めての大規模ホールのステージ。
そして、まだ未発表曲だった 『 涙はつばさに 』 を初めて披露したステージ。
今でも 『 涙はつばさに 』 を唄う時に、聖子さんはこう語る…

   『 涙はつばさに 』 と言えば、日本青年館…
  心臓がバクバクするほど緊張した事を憶えている…

と懐かしそうに…。

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今日のコンサートがライヴ盤になる…
という事前情報も流れていて、客席も緊張していた日。
2列目で観たあの日のステージは、今も目に焼き付いている。

レコード盤が擦り切れるほど聴いていた2ndアルバム 『 青春の光と影 』 。
雑音がひどくなり、2枚目の 『 青春の光と影 』 を買ったのは、この日の物販コーナー。
一緒についてきたサイン色紙は、今も大切な宝物の一つ。

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あの階段を上って会場入りした時の心臓の鼓動、情景まで憶えている7月1日。
1ベルが鳴った時のドキドキ感も、はっきりと覚えている。

後年、何度か立っている日本青年館のステージ。

アンコール曲 『 素敵な朝 』 のお約束だった " SHOKO・コール " が、

割れんばかりに鳴り響いた、日本青年館。

力の限り、声が枯れんばかりに…

またひとつ、大切な思い出の場所が…。



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よみうりホール [コンサート会場]

東京は有楽町、読売会館7階にある多目的ホール。
建物の1~6階には、2000年まで読売グループの百貨店「そごう」が、
そして現在は大型家電量販店が営業を行っている。
1957年にオープンし、コンサート・講演・セミナー・試写会など利用頻度は高い。

1階席522人、2階席578人の計1,100人を収容する中規模ホール。
座席数が1階席より2階席の方が多いという会場は、あまり他に例を見ない。
両脇まで2階席がせり出しているため、1階席より見やすい作りになっている。

1,100人を収容するとは思えない客席とステージとの近距離感は、
横に広がりを持つ構造と、曲面を多用した壁の作りから来るもの。
キャパが多過ぎず、2階席後ろでも遠くない距離感と見やすさは都内屈指。
日生劇場と同じ設計者によるもので、音響の良さは折り紙つき。

都内の幾多のコンサートホールが閉鎖に追い込まれている中、
今も老舗のホールとして、堂々たる風格を誇る良質のコンサートホールでもある。

1980年10月9日に 『 LIVE CAMPUS'80 』 にて、尾崎亜美、DO!とのジョイントで
初めてこのホールのステージに立った沢田聖子さん。
同年の12月13日、秋のソロリサイタルツアー 『 さわやかコンサートVol,2 』 で再び。

間もなく人気が沸騰し、このキャパでは耐え切れなくなり開催会場も大きくなり、
以降この 「 よみうりホール 」 のステージには立っていない。

日本青年館と共に、想い出の詰まった聖地のひとつ。

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1981年6月24日、この 「 よみうりホール 」 で、
『 上田知華+KARYOBIN 』 がツアーコンサートを行っている。
前年にシングル 『 パープルモンスーン 』 がスマッシュヒットし、
ストリングス・カルテットを率いたピュアなサウンドが、新しい風を吹かせていた頃。

身内のつながりで、半分仕方なくこのコンサートに足を運び、
先に会場入りして入口付近で待ち合わせをしていたところ…。
関係者・招待席用の入口から入ってくる女性があり、でも特に気に留めることもなく、
待ち合わせの身内を探すために、会場入りしている人の行列を眺めていると…。

その女性が自分の脇を通り過ぎた瞬間、ハッと気づいて後ろを振り返る。

「 えっ!今の女性、もしかして…! 」

その後ろ姿、背格好、髪型、着ているオーバーオール。
まごうことなき、沢田聖子さん。

事務所スタッフと思しき人と、スタスタと会場内に入って行く。
サインをもらおうにも何も持っていなく、あっという間に1階席中央付近に消えて行く…。

コンサート中、もうステージの演奏どころではなく、終了後のことで頭がいっぱい。
何とかもう一度見つけて、サインをもらえないだろうか…と…。

アンコールも終わると、すぐさま席を立って1階入口付近に駆け下りたものの、
場内からぞろぞろと出てくる人波を見て、「この中から再び見つけるのは無理かな…」
と思っていると…

まるで天から射す光が照らし出すように、人ごみの中で浮かび上がる女性が一人…。

「 あ… いた… 」

親を見間違えることはあっても、この女性を見間違えることはない…と確信。

この時、もう一人の自分がもう一人の自分を見ているような不思議な感覚になり、
自分と沢田聖子さんの距離を、空の上から第三者的な目で見ているような…
そんな不思議な感覚に包まれたことを、今でも忘れない。
この日、逢うべくして…。

身内から借りたボールペンとルーズリーフの紙を手に握りしめ、
臆することなく聖子さんに近づき、サインをいただいた…。

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今ならプライベートに立ち入ることに躊躇し、更にルーズリーフにボールペンなどで
サインを求めることなど、失礼で出来ない。
まだ高校生だったこともあり、怖いもの知らずとくそ度胸が功を奏した…。

いきなりの立ちながらのサインだったにもかかわらず、
嫌がる素振りも見せずに丁寧に、イラスト付きのサインをしていただき…
今でも、大切な宝物の一つ。

サインをしている間、話しかけることも出来ず、ただ手の動きを見ていただけ。
書き終わった後に手渡された時も、何もしゃべることが出来ず…
目が合い、どこかぎこちない時間が流れた…。

思えば、そのぎこちない空気と時間は、今も変わらない…
今も、あの頃のまま…
17のまま。

JR有楽町駅ホームからも見える 「 よみうりホール 」

目にするたびに、あの日のことを思い出す。

想い出の 「 よみうりホール 」


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九段会館 [コンサート会場]

『 九段会館 』
東京都千代田区九段南に位置し、ホール、レストラン、
更に宿泊施設などを備える多目的会館。
そもそもは予備役、後備役の軍人の収容・訓練の場として建設され、
また旧軍事会館として「二・二六事件」の際には戒厳司令部が置かれていた。
現在の「九段会館」の名前になったのは、1953年。
帝冠様式と呼ばれる独特の佇まいは、大正・昭和の香りを残した味わいがある。

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コンサートホールとしても都内有数の大ホールで、客席数1112席を収容する。
3階席まである曲線的な大ホールは、他のホールには見られない天井の高さ、
趣向を凝らした内装のデザインなど、オリジナル性が如何なく発揮されている。

堂々たる外観を眺めながら会場入りし、目を見張る雄大なホールを目の当たりにし、
ゆったりと客席に座り、開演前までの時間を楽しむことの出来る希有な会場でもあった。
また客席の列番号は、今では珍しい「いろは順」の表示になっている。

1982年3月15日、前年の秋から行われていた全13個所の 「 さわやかコンサートvol.4 」
千秋楽の東京公演で使われた九段会館。
前回のツアーの日本青年館から約8か月ぶりの東京公演は、1月にリリースされたシングル
『 卒業 』 のスマッシュヒットも手伝い、立ち見も出る超満員。

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白のシャツに星をちりばめたブルーのベストを身にまとい、お馴染みのCP-80の前に…。
この2日前の13日に20歳の誕生日を迎え、更に危ぶまれていた短大の卒業の知らせが
コンサート当日の朝に大学から入ったという、二重の喜びを抱えてのステージだった。
本人もファンも、ほぼ留年確実…と思っていた卒業が決まり、その報告をステージで…。
割れんばかりの拍手の中、20歳の誕生日と卒業のお祝いとなった九段会館リサイタル。

3日後の卒業式では入学式の時に着た二度目のスーツ姿で出席し、
謝恩会には振り袖で出席した…という後日報告もされていた。

この日のオープニングは 『 雨の日のサンシャイン 』
キーボード・ギター・ベース・ドラムスの編成に、
また弾き語りでは、中島みゆきの 『 時代 』 を披露。

次はいよいよ、都内屈指の大ホール…と期待して、家路に着いた「 九段会館 」
そしてこの年の11月、初の「 新宿厚生年金会館 」に…
そして翌年、念願の「 渋谷公会堂 」へ……。

想い出の詰まった 「 九段会館 」

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