So-net無料ブログ作成
ライブツアー幸せを探そう ブログトップ
前の5件 | -

2011年3月 [ライブツアー幸せを探そう]

2011年3月13日のバースデーライヴ東京公演の2日前…
未曾有の大震災が東北地方を直撃。

東京も大きく揺れ、交通網がすべて麻痺し帰宅困難者で溢れかえった。

余震も続く中、お客さんの安全の保証が出来ない、というライヴ会場の判断により
3月13日のバースデーライヴ東京公演が延期に…。

こんな状況下だからこそ、唄うことで何かの力になりたい…
という想いを当初から持っていた聖子さんにとっては、泣く泣くの決断だった。

翌週の19日の大阪、20日の名古屋、21日の一宮は予定通り開催。
東京もまだまだ予断を許さない状況下、敢えて聖子さんの後を追うことを決断。
迷った末、遠征を決行。

家族や友人からも、「こんな状況で東京を離れて大丈夫なのか…」と…
「東京を見捨てるのか…」と冗談交じりに言われるほど…。
それほど、その時の東京は不安と危機感で溢れかえっていた。
正直、もう一度地震が来たら帰れないかもしれない…と何度も迷った。

でも、聖子さんが同じ状況下で東京を離れる今、自分が躊躇するわけにはいかない。
ここで躊躇すれば、一生後悔するかもしれない…と思い…。
遠征を決行。

大阪・名古屋のファン仲間からも、「東京は大丈夫か?」「東京を離れて大丈夫か?」
と声をかけられ、苦笑いをするしかなかったことが思い出される。

2011年、想い出に残るステージは数々あれど…
3月の震災直後の大阪・名古屋遠征。

新幹線に乗って東京を離れて行く時の、あの想い…

忘れられない。

o0480085411116779400.jpg

J.BOY&J.GIRL [ライブツアー幸せを探そう]

12月25日名古屋千秋楽をもって、2011年の全日程終了。
2010年9月11日からニューアルバム 『 宝物 』 を引っ提げて、
1年3カ月に亘って敢行された全国ツアー『 Live Tour 幸せを探そう 』もすべて終了。

ツアーファイナルX'mas ver. の東名阪は、クリスマス・ソングと冬の唄の選曲となり、
1日目はサンタの衣装、2日目はトナカイをイメージしたワンピース姿で登場。

自らのオリジナル楽曲以外にも、誰でも知っている世界的なクリスマスソング、
そして他のアーティストのクリスマスソングと冬の唄をカバー曲として披露。
2daysそれぞれ異なったカバー曲を唄い、シンガー沢田聖子の魅力を披露。

2日目のカバー曲で、タイトルを告げずに「このアーティストさんも、大好きです…」
とつぶやいて唄い出した曲。

初日にカバー曲を唄ったことから、2日目に絶対に唄う…と確信した1曲。
旧事務所時代のスタジオライヴでも唄っている楽曲。


DSC_0429.JPG
                                 STS会員 O氏撮影

『 悲しみは雪のように 』
1981年9月リリースの浜田省吾オリジナルアルバム 『 愛の世代の前に 』 に収録され、
同年11月にボーカル・コーラスアレンジ・ミックスを変えたヴァージョンをシングルカット。
当時は全く売れず、シングルカットされていたことさえあまり知られていない。
またアルバムと違うシングルヴァージョンであることを知らないファンも多い。

1992年にドラマの主題歌としてリメイク盤がリリースされ、
オリコン・シングルチャート第1位を獲得し、一気に浜省人気が爆発する。
浜田省吾の代表曲にもなった楽曲ではあるが、昔からの生粋の浜省ファンにとっては、
1981年のオリジナルヴァージョンが 『 悲しみは雪のように 』 。




沢田聖子さんと共に、学生時代から聴き続けている浜田省吾。

ひと昔前、聖子さんが何かのラジオ番組に浜田省吾さんとにゲスト出演したことがある。
対談形式となった番組中で聖子さん自らの音楽の話題になり、
その時の浜田省吾の言葉にえらく憤慨した…と語っていた。
浜省が嫌いになったのかな…と複雑な気持ちになった…。

数年後、旧事務所のFCイベントで浜省の85年のツアーTシャツを着て行ったところ、
聖子さんが背中の「ON THE ROAD」のロゴを見つけ、Tシャツを欲しがられたことがあり、
「また聴くようになったのか…」と嬉しくなったことを憶えている。
でも、Tシャツはあげなかった。

IMG_7426.JPG

12月29日に59歳になり、来年は還暦を迎える浜田省吾。
父親の心境を綴った楽曲も唄うようになり、家族を想う詩も珍しくなくなった…。
若い頃なら、こんな浜省は絶対に許せなかったのに…

独りきりの再スタートを切り、家族の絆の大切さを噛みしめている沢田聖子。
両親、そして兄と妹を想う楽曲をステージで唄う姿が、最高に輝いている…。
若い頃にはなかった魅力が、ステージに磨きをかけている…。


拳を振り上げ、孤独に立ち向かう J.BOY 

自らの夢のために、あえて孤独に立ち向かった J.GIRL

そして今でも夢中で追いかけてる俺も、同じ J.BOY




川崎ライヴ [ライブツアー幸せを探そう]

11月24日、全国ツアー32本目は川崎市の 『 ラゾーナ川崎プラザソル 』。

川崎駅に隣接したショッピングモール 『 ラゾーナ川崎プラザ 』 の最上階に設置された
最大250席の可動式の客席を擁するイベントホール。
2006年に開館したばかりで、真新しい作りが初々しいホール。
今年の1月17日に、2011年の唄い初めとして 『 Monday Acoustic Night 』 と題した
ライヴで聖子さんはこのステージに立っている。

22日から6夜連続で、杉山清貴・三浦和人・沢田聖子・細坪基佳・清水仁・南佳孝という
80年代のニューミュージック・シーンを彩ったアーティストの " 紅一点 " として
『 AUTUMN SOL FESTA 2011 』 と題したライヴに出演。
ツアーの一つとしながら 『 一夜限りのAutumn Songs Live 』 のサブタイトルをつけ、
ラヴソングとバラードを主とした、この日限りのセットリストを組んでのステージ。

真新しいダークブラウンの厚底ウェスタンブーツに黒のレギンス、
そしてお気に入りのオレンジ色のロングベストを身にまとって、艶やかに登場。
いつもの香りが、客席に…。

久しぶりの横に広いステージと雛段に組まれた客席に、やや緊張気味の様子…。
客席も、今日限りのセットリストで何を唄うのか…
心も身構える…。

IMG_6468.JPG

「 日常の仕事で疲れているみんなに、私の唄を聴いて眠ってほしい… 」
「 今日の最大の目的は、全員が眠るまで唄うこと… 」

オープニングの2曲を唄い終えた後、ジョーク交じりに語ったこの言葉は、
最後の最後になって、聖子さんの心からの想いが込められたものだったと…。

新旧のラヴソング・バラードをリストアップした楽曲は、どれも珠玉の名曲揃い。
選曲にも、その時代ごとのファンに応えるための聖子さんの心遣いが垣間見える…。
ツアー中のリクエストに応えるシーンの、みんなの聴きたい曲を…という想いと同じ。
その想いに、胸が張り裂けそうに…

MCでは昔の話に花が咲き、師匠イルカさんのカムバック・リサイタルのステージで
巨匠・石川鷹彦さんやヴァイオリニスト中西俊博さんらの豪華なバッキングで唄ったこと…。
まだ自らのコンサートツアーを行う前の、右も左も分からなかった頃のことを…

とても大切な想い出を…
懐かしむように…。


楽曲の最後の音が消えるまで…
最後の一音が鳴り止むまで、拍手が起こらない…1曲たりとも…。

その歌声、その奏でる音色すべてを聴き逃したくない…
物音一つ立てるのももったいないほど、瞬きするのも惜しいほど…
緊張感溢れる、張り詰めた空気…
ライヴの醍醐味…。


アンコール最後の楽曲。

ステージチェアに腰かけ…

最後の楽曲のイントロを…

ギターで奏で始める…

笑顔で 「 ありがとう 」 と応え…


そして目を閉じまたまま…

天を仰ぎ…

吐息まじりに 

微かにつぶやいた…

「 ありがとう… 」

マイクが拾うのが、やっとなほど…

微かに…



一生忘れない

「 ありがとう… 」




『 おやすみララバイ 』
作詞作曲編曲:沢田聖子

柏ライヴ [ライブツアー幸せを探そう]

10月28日、2011年のツアーライヴとしては31本目のステージ。
千葉県柏市の柏駅前に位置するライブハウスは、初めて開催する 『 Studio WUU 』。

ライヴハウスの入口前には、譜面台を使った当日のライヴ告知が…
この譜面台を見て「このライヴハウスは、当たりだ…」と直感…。
何気ないセンスが、そのお店の品格に現れる…。

フローリングのホールとステージ、木目調のテーブルがぬくもり感を漂わせ、
間接照明が作り出すほのかな光と影が、そのぬくもりに彩りを添える…。
ステージを背にして会場を見渡したくなるライヴハウス。
ステージに立った聖子さんには、どんな視界が広がるのか知りたくなるライヴハウス。
客席のイスとテーブルの位置一つひとつが知りたくなるライヴハウス。

アコースティック系を中心に、クラシックからバンド系までプロ・アマ問わず幅広く出演し、
前の週に村田和人さんがライヴを行い、以降には西島三重子さん、由美かおるさん等々
多才なアーティストの出演予定が入っている。

もう10年になるというライヴハウスで、今まで知らなかったのが残念…
と聖子さんもおっしゃるほどの心地良い音楽スペース。
一度来たら、また来たくなる典型のライヴハウス。

111028_1752~01.JPG

ステージに " スタインウェイ " のグランドピアノがあるという前触れがあり、
また先日の魚津市「桜ホール」の " スタインウェイ " の音色が話題にもなっていたため、
否が応でも期待が高まる柏ライヴ。
ライヴ中盤からは全曲ピアノの弾き語りとなり、名器の音と歌声に酔いしれたステージ。
目を閉じて身体を左右に揺らしながら、気持ちよさそうに奏でるメロディ。
ずっと見続けてきた、大切ないつもの光景…。

ひと昔前までは、沢田聖子のコンサートは3時間が当たり前だったが、
独立してからは2時間半を超えない範囲に収めるようになっていた。
それがこの日は珍しく、3時間に届きそうになるほど…
特に曲数が増えたわけでもなく、テンポもいつもと変わりないはずなのに…
思い起こすと、MCの時間がいつもと比べて長めだったような…
何回かステージで話している話題も、ゆっくり反芻していたような…

ステージチェアーに腰を下ろし、ぽつりぽつりとライヴの事や近況を話す…
ギターの譜面台に両手を添え、譜面台の角度を上に下に動かす仕草が頻繁に…。
普段あまり見ることのない、珍しい仕草…。

落ち着かないのか…

それとも、心地良いライヴハウスの雰囲気に身をゆだねているのか…。

何を想って…

111028_1752~02.JPG

千葉県でのライヴは2年8カ月ぶりで、前回は2009年2月17日。
デビュー30周年記念全国ツアー19本目のステージを、
ディズニーリゾート・イクスピアリ内にある 「 Club IKSPIARI 」 で行っている。

沢田聖子さんにとって、自分にとっても忘れることのできないステージ。

同年5月の全国ツアー千秋楽 『 赤坂BLITZ 』 のステージのアンコールにて…
2月17日の千葉ライヴの日に、お父さまが他界されたことをファンの前で告げる。
千葉ライヴのリハーサル中だったと…。

その日聖子さんは、午前中に病院のお父さまの元に向かい、千葉の会場に…
その日自分は、父の命日でもあったため墓参りを済ませ、千葉の会場に…。

妻と二人で伺い、アンコール曲の 『 友達 』 のスキャットを唄わされ…
「 今日の想い出に… 」と言っていた聖子さんの声が、今も耳から離れない…。
ステージ上ではとてもうれしそうで、楽しそうだった表情が忘れられない。

あの日のことを思い出し、胸が軋んだ柏ライヴ。

ステージと客席、様々な想いが交錯した柏ライヴ。




みなみのうお座 [ライブツアー幸せを探そう]

10月23日、前橋ライヴ終了。
前日の安曇野ライヴに続き、前橋でも地元の沢山のファンが集まり…。

楽しそうに、気持ちよさそうに唄う姿を見て、あの時の言葉を思い出す…。


「 人の評価なんて、もう気にしない…
           唄うことが好きだから、私は唄い続ける… 」


前橋ライヴ終了後、ライヴハウスの表に出て夜空を見上げていると…
ひときわ光り輝く一等星が、やや低い夜空に…

ライヴの余韻とその心地良さに包まれながら、しばらくその一等星を眺めて…。
「 これがあの星かな… 」 と思いながら…

秋の夜空は、明るく目立つ星が少ない。
そんな秋の南の空に、ただひとつ輝く一等星を持つ 「 みなみのうお座 」。
星座の形は隣り合う 「 みずがめ座 」 からこぼれた水流と魚の姿を表していると言われ、
一等星の「フォーマルハウト」は、魚の口あたりに位置している。

「 うお座 」 とは別の星座で、その「うお座」とどことなく似て小ぶりなため、
「 うお座 」 になぞらえた…とも言われている。
そしてその隣り合う 「 みずがめ座 」 からの水を
「 フォーマルハウト 」 の口で飲んでるようにも見える。

一つだけ寂しげに光っていることから、和名 「 南の一つ星 」とも言われている。

yagi.jpg

全天21個ある1等星の中でのランクも低く、1年を通じてもっともさびしい夜空…

3月生まれの聖子さんの星座は、「 うお座 」。

その 「うお座 」になぞらえ、秋の夜空に、独り輝く一等星。

秋の夜空の、ただ一つの一等星。

前橋の夜空に輝いた かけがえのない一等星。

たったひとつの かけがえのない一等星。




前の5件 | - ライブツアー幸せを探そう ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。