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待ち人 [想い いろいろ]

1月15日の代官山での 『 THE4/9 』 のライヴ終了後、

ニューアルバムに向けての音作りが始まっている沢田聖子さん。

遅い春から初夏に向けて…

ひとり自分と向き合う日々が始まっている。


今まで幾度となく味わってきた…

待つ時間…

待つことしか出来ない、もどかしさ…


ふと蘇る…

不安…

また…

いつ…


何度も襲ってくる

あの時の…

絶望と後悔…


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今はただ…

ひたすら…


信じて待つだけ…







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思いちがい [フォノグラム時代]

『 思いちがい 』
作詞:秋野渚 作曲:沢田聖子 編曲:渡辺博也

1984年4月25日リリース、11枚目のシングル 『 都会人 』 のC/Wとして収録。
翌年の8月21日リリースのベストアルバム 『 FOR YOU 』 収録。

A面の 『 都会人 』 は当時のレコード会社が社運を賭けているのではないか…
とファンが思うほどの力の入れようだった。
当時業界では、沢田聖子は " ドル箱 " と言われており、堅実なアルバムセールス、
常に即完のコンサート会場、これにシングルヒットがあれば怖いものなしだった。
当然フォノグラム移籍後の期待は大きく、移籍後から直ぐにデビュー5周年の
アニバーサリーイヤーに向けて企画が進められていた節があった。

デビュー5周年の記念ミニアルバム、全国ツアー千秋楽のイベント、
翌年のアルバム、ビデオ、写真集の 『 Potential 』 3点セット、
そしてベストアルバムで締めくくるロングスパンのアニバーサリー企画だった。
一人のアーティストのビジネスとしても大きな投資となる企画でもあり、
その過程として、是が非でもシングルヒットが必要だった。

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当時の超売れっ子作詞家 " 売野雅勇 " を起用し、本気で大ヒットを狙った
『 都会人 』
そのセールス・プロモーションは微に入り細に渡り、
水面下の噂では、大手CMタイアップの話も持ち上がっていた。
TVやラジオ番組の出演予定も、全国規模に及んでいた。

セールスで重要なフロントラインでもあるファンへの画策も抜かりがなく、
私設ファンクラブにはラジオリクエスト番組への組織票をあからさまに指示し、
東京・大阪・名古屋ごとにその番組まで指定していた。
当時はオフィシャル・ファンクラブがなかったため、
動員をかけるには私設ファンクラブを動かすしかなかった時代。
企画段階での情報も渡す代わりに…という図式…。

さらに宣伝部長自らがその私設ファンクラブに対し、トップアーティストに向けて、
東西のファン同士の結束、統制、また噂などをすべて抑えるための緘口令を敷いた。
簡単に言えば、「 沢田聖子にとってマイナスになるような言動は慎むこと 」

行く行くのオフィシャル・ファンクラブ立ち上げの際には…という、
まことしやかな話も出たほど…。

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『 都会人 』 の楽譜を渡され、初見で聖子さんはこう思ったという…

タイトルの 『 都会人 』 ( とかいじん ) の " 都会 " を " まち " と読み、
『 まちびと 』 と読むタイトルだと思い…
「 さすが、売野雅勇… 」 と思ったら、そのまま 「 とかいじん 」 と読むことがわかり、
「 なんだ…そのままか… 」 と拍子抜けしたと…。

このエピソードを聞いたとき、「 さすが、沢田聖子 」 と思った。
超売れっ子にもひれ伏すことなく、自身の感性を貫く姿を誇らしく思い、
「 この女性には、売れる売れないなど関係ない… 」 と当時思ったことは忘れない。

後年聖子さんは、「今の時期、どうして私はこの曲を唄わなければならないのだろう…」
と思ったと、当時の気持ちを語っている。

シングルヒットに恵まれず、レコード会社が逆転の一発を狙ったシングルは、
当時のファンを動かすことが出来ず、見事な空振りで終わる。

ファンが動くことはなかった…。

沢田聖子を、もう作られたアイドルにさせたくない…
ライヴ・アーティストとして、大きくなってほしい…
アーティストを育てるのは事務所でもなくレコード会社でもなく、自分たちだ…
というファンの想いを見誤ったこと…。
ファンは売れれば喜ぶ、と決めつけていた思い上がり…
ファンが抱いた危機感を読み取れなかったことが、制作サイドの大きな失策。
沢田聖子と聖子ファンを甘く見た報い…というのは言い過ぎか…。

ファンの間でも酷評された 『 都会人 』 ではあったが、音楽的には質の高い1曲。
後年、心ない聖子ファンから揶揄した扱いをされているが、ファンならば、
当時のご本人の想いと、ファンの辛い想いを汲んであげてほしい1曲。
沢田聖子の歴史としても、一つの転換期になった重要な1曲。

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                (白のCP-80にスタンディング・ポジションが、らしくない…)

B面の 『 思いちがい 』 の " 秋野渚 " はプロの作詞家ではなく、聖子さんの友人。
A面に全精力をつぎ込んでいたレコード会社をしり目に、B面のオリジナル曲には
プロの作家ではない友人の詩に曲をつけ、C/Wとしてねじ込んだ。

事務所、レコード会社が進める企画を横目に見ながら、「 何よ… 」 という
聖子さんのささやかな抵抗と、秘めた意地を感じた…。

自分をトップアーティストにするために…
シングルヒットを作り出すために…
当の本人は蚊帳の外…
自分の意志はなく…

聖子さんが心の中で、「 思いちがいをしてない…? 」
と言っているような…

「 私を誰だと思ってるの…? 」
あの時…
そう言ってほしかった……



そんな皮肉も込められているような…

『 思いちがい 』





都会人


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麗しのConnie Francis [My Favorite]

『 Connie Francis 』 

言わずと知れた、オールディーズ・ポップスの女王。

1950年代後半に、ポップスやバラードを歌った女性歌手として
最初にスターの座に着き、1960代半ばまで歌に映画に大活躍した
文字通りオールディーズ・ポップスの女王。

『 Vacation 』 『 Who's Sorry Now? 』 『 Where The Boys Are 』
『 Lipstick On Your Collar 』 等々、ヒット曲を挙げたら切りがない。

スタンダードポップスやバラード以外にも、ラテン、カントリー、タンゴ、ワルツ等々
全てのジャンルをカバーすることが出来た、不出生の大スター。
その澄み切った高音は、空高く突き抜ける青空の如く…

1963年には、クイーン・エリザベス2世の要請でイギリスへ赴き、
女王陛下の御前で、その美声を披露している。

13カ国語に及ぶレコードを世に出した全盛時代のコニー・フランシスの人気は、
まさに全世界に及ぶものだった。

日本でも多くの名曲がカバーされ、日本歌謡史の基礎となった。
今もなお、多くの著名な女性アーティストが憧れ、
お手本としているコニー・フランシス。

アメリカではシングル発売されなかった日本独自のヒット曲もあり、
『 Pretty Little Baby 』 ( 可愛いベイビー )は中尾ミエがカバーし、
『 Too Many Rules 』 ( 大人になりたい )は伊東ゆかりがカバーし
日本で大ヒットした。
まさに国境を越えた、世界の歌姫のパイオニア。


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右顔からの流し目が、最大の魅力だったコニー…

コニー…

その名前の響きさえ、胸にしみる…。

そのクラシカルな美貌と、実力を兼ね備えたインテリジェンス溢れる魅力は、

世界中の男性のみならず、世界中の女性をも虜にした。


フランク・シナトラの名曲 『 Strangers in the night 』

コニー・フランシスの甘い歌声は、オリジナルを遥かに凌ぐほど…。


夜の帳が降り始め その影だけが 浮かび上がる…

その後ろ姿は 夜の闇に…

古き良き時代に…

想いを馳せる…。


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アンコールに向けて [THE4/9]

2005年4月9日に沖縄で行われたジョイントがきっかけで結成した
沢田聖子・佐田玲子のフォークユニット 『 THE4/9 』(ザ・フォーク)。
70年代の誰でも唄えるフォークの名曲をカバーするユニット。

同年の9月に軽井沢で行われた沢田聖子ファンクラブ宿泊イベントは、
佐田玲子さんも参加の 「 THE4/9 宿泊イベント 」 という形で開催。

ファンクラブイベントに佐田玲子さんが参加という情報を聞き、身構えたことを憶えている。
まだ結成したばかりのTHE4/9、ファンも数本のステージを観ているだけで、
佐田玲子さんの " 人となり " もわかっていなかった頃。
私自身も、" さだまさしさんの妹 " " 白鳥座のボーカル " という認識しかなかった頃。

玲子さんも一抹の不安を抱きながらの参加だったことを後に知り、
「 宿泊イベントって、何をするの? 」 と聖子さんに問い詰めていたと聞く。

聖子ファンが集まる中、佐田玲子さんが参加するというファンの戸惑う気持ち…。
聖子ファンが集まる中、乗り込む立場の佐田玲子さんの不安な気持ち…。

初日のオリエンテーション後の、ファン一人ひとりとの記念写真撮影の際の、
私たちファンと握手をする玲子さんの姿が忘れられない。

「 よろしくお願いします… 」 と恐縮した表情の玲子さん…。

どちらかアーティストでどちらがファンだかわからないほど、玲子さんの恐縮した語り口、
丁寧に両手で私たちの手を握り、深々と頭を下げる姿にこちらが恐縮してしまうほど…。

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きっと、私たちより不安だったに違いない。
「 聖子ちゃんのファンクラブイベントに、自分が参加して良いのだろうか… 」
「 聖子ちゃんのファンは、私を受け入れてくれるのだろうか… 」
と考え、迷った末の参加だったはず…。

夕食後のライヴ、二次会になると、玲子さんの豪快な笑いと発言も出るようになり、
イベントが終わる頃にはすっかり聖子ファンと打ち解け、満面の笑顔に…。

『 THE4/9 』 を軌道に乗せる意味でも、絶好の機会だったことは間違いない。
このイベントをきっかけに、聖子ファンと玲子さんの距離が急接近したことは間違いない。

一昨年の4月以来の、THE4/9 ライヴ。
羨ましくなるくらい、仲の良いお二人。

久しぶりのお二人の息の合ったステージに魅せられ…

アンコールの声が届くことを願って…。


『 それなりに 』 作詞作曲:THE4/9 編曲:林有三



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DreamsⅡ [Dreams]

昨夜見た夢、今年2度目の沢田聖子さん登場。

今日は休みのため、いつもの時間に起きた後、二度寝した時の早朝の夢。
今まで見た聖子さんの夢の中でも、随一と言って良いくらい。
起きて思い出し、涙が流れたほど…。
忘れないようにここに綴るため、興味のない方は読み流してください。

聖子さんが、我が家に来ている。
現在の部屋ではなく、昔の子どもの頃の自分の部屋。
濃いめの茶色のセーターを着ている。
アルバム 『 卒業 』 のジャケットを彷彿とさせる…。

畳の部屋のテーブルに座り、白いマグカップでコーヒーを飲んでいる。
家に置いてある聖子さんのポスターやパネルを見つけ「 懐かしいねぇ~ 」 と笑う。
デビューアルバム 『 坂道の少女 』 のジャケットとは別撮りのポスターパネルと、
黄色のセーターを着た 『 流れる季節の中で 』 販促用ポスター。

昔のポスターか何かにサインをしてもらおうかな…
と思ったけれど、ここに聖子さんがいるだけでいい…と思い直す。

私が聖子さんに、
「 前にも一部お見せしたことがあるけど、自分が今まで集めてきている
聖子さんの雑誌の記事や切り抜きを見ますか?こんな機会二度とないでしょうから… 」
と言うと…

聖子さん、「 見たい見たい、全部見せて 」 と。

現在の家の、部屋の奥に山のようにある沢田聖子さんに関する膨大な資料、
アルバム等にスクラップしてある雑誌の切り抜きや、グラビア等々を抱えて持ってくる。

1ページ1ページ、1枚1枚、ゆっくりと真剣に読んでいる。
昔のコンサートの雑誌の記事を読んでいる…
私は聖子さんの前に対坐し、頬杖をついてその様子を黙って見ている…

あまりに真剣に読む姿を見ていて、訊きたくなった…。

「 ご自分の昔ことが載っている雑誌を読むのって、どんな気持ちなのですか…? 」
「 私たち普通の人からすると、昔のアルバムを見ているような気分なのかな… 」

すると聖子さんは顔を上げて、私の目を見つめ…
やわらかい優しい表情で…
ふっと目を伏せて…
微笑みながら…


「 大切にとじ込んだ、私の想い出…

  " 緑の風にのってさわやかデビュー "

      これを私がやったこと、もしやらなかったとしても…

         他の誰かがやることになっていたとしても…

            私にしか出来なかった、大切な想い出… 」


この言葉を聞き、堰を切ったように涙が滝のように流れ、聖子さんの前で号泣。
近くにあったティッシュで涙を拭い、聖子さんの前で大声をあげて号泣…

「 そんな言い方されたら… 」

その後出掛ける用事があるため、食事をして帰るとのこと…

名残り惜しい気持ちになり…

目が覚める。

洗面所に立ち、再び号泣。


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『 雨よ流して 』 作詞作曲:沢田聖子 編曲:石川鷹彦



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シオン 1980.Live.ver [初期クラウン時代]

新年最初の連休の最終日に、聖子ファン向けの記事を1本。

先日、ちょっと沢田聖子さん関連の資料の探し物をしていると…

どこにいったかな…と前から気になっていた懐かしいカセットテープの1本を発掘。

当時のラジオのレギュラー番組やゲスト出演の番組等を録音したテープで、

その中に1980年デビュー2年目の懐かしい歌声が…。

たしか文化放送だったか…ラジオ公開録音の収録テープで、

自分も足を運んだ記憶が…。

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2ndシングル 『 シオン 』 の弾き語りスタジオ録音盤 。

1980年のリリース以来沢田聖子さんの代表曲にもなり、

聖子さんも、ステージで数え切れないほど唄ってきた楽曲。

33年前に初めてレコードに針を落として以来、数え切れないほど聴いてきた1曲。

それでもその時代ごとに若干のアレンジの違いがあり、

このスタジオ録音盤も、間奏のフレーズが現在と違う。

サビの透明感溢れる高音の伸びは、すでにこの時期に完成されている。

何度も聴いてきている楽曲なのに、とても新鮮で、そして懐かしい…。

80年代のエレピの最高峰、「 YAMAHA CP-80 」 の音色も懐かしい…。


『 シオン 』 作詞作曲:イルカ



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Dreams [Dreams]

初夢は大晦日の夜に見たもの、元旦の夜、2日の夜など諸説あるようだが、
年末年始は仕事でクタクタで夢を見る暇もなく、自分にとっての初夢は1月5日の夜。
正確には6日の明け方。

シルエットで浮かんだ姿は見紛うまでもなく…
艶かしいポーズで、意味ありげな視線を向けて目の前に立つ沢田聖子さん…。
聖子さんは下ろしていた両手を…
これ以上の詳細は、口が裂けても言えない。

沢田聖子さんの2012年の仕事始めとなった1月2日。
世田谷区コミュニティーFMの4時間のラジオ生番組 『 アフタヌーン・パラダイス 』。
三軒茶屋キャロットタワー26階展望フロアーにラジオブースがあり、
誰でも訪れることが出来る場所でもあり、必然的に公開生番組となる。

各地からたくさんのファンが集まり、番組開始前から聖子さんのテンションも高く、
そのはしゃぎっぷりは見ていて微笑ましく、さぞかし嬉しかったのだろうな…と。

リスナーから募集する投稿のお題は 『 2012年の抱負・目標・夢 』
次々に入るメール等の投稿を番組中に読む中、アシスタントの女性から
「 聖子さん自身の2012年の抱負は? 」
と聞かれると…

『 遅い春から早い夏にかけてニューアルバムをリリースし、
          そのアルバムを引っ提げての全国ツアーを行う。 』

という明確かつ具体的なもの。
すでに2012年の活動を、しっかりと見据えている頼もしい答え。

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沢田聖子さんのデビュー当時からの夢

  『 自分の唄を聴きたい人がいれば 
       たとえ1人でもその場所に行き
          その人のために唄ってあげること… 』

30有余年かけて、ようやく…

 
 高く高く わき目も振らずまっすぐに

 全てのものを振り切り

 高く高く 翼を広げて舞い上がる
 
 夢に向かって… 高く 高く…

 
ファンと一緒に見つけた 小さな幸せ

ファンと一緒に見つけた 約束の場所に…


 We'll get higher and higher

 Straight up we'll climb

 Higher and higher leave it all behind

 Higher and higher who knows what we'll find

  that's what …

  dreams are made of …

  love is made of …


Van Halen 『 Dreams 』


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唄い初め [THE4/9]

【 THE 4/9 ~笑って! 歌って! 新春LIVE 2012 ~ 】

2012年の唄い初めは、1月15日代官山のライヴハウス 『 晴れたら空に豆まいて 』
で行われる佐田玲子さんとのフォークユニット 『 THE 4/9 』 のライヴ。

2005年の4月9日に沖縄で 『 フォークの日 』 に因んでジョイント・ライヴを
行ったことがきっかけとなり、聖子さん曰く " 瓢箪から駒 " という形で結成。

『 翼をください 』 『 結婚しようよ 』 『 時代 』 『 亜麻色の髪の乙女 』 など
誰でも知っている、誰でも唄えるフォークソングのカバー曲を中心としたユニット。
お互いのスケジュールの合間、2008年には全8個所の全国ツアーも行っている。

昨年の5月、福岡でのイベントにゲスト出演としてステージに立っているが、
単独のライヴとしては2010年の4月9日以来となる。

『 THE4/9 』 としてのオリジナルシングルも、これまでに2枚リリースしているが、
そのシングルは沢田聖子さんの旧所属事務所のレーベルということもあり、
複雑な事情が絡み合い、独立後はライヴの実現も困難な状況となっている。

「 絶滅危惧種のユニット 」 「 幻のユニット 」と自らが称し、
この機会を逃すと次はいつ見られるか分からない…
と笑いながらステージで語っているものの、その事情の根深さは深刻…。

ここでもまだ、聖子さんは闘っている…。

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公私に亘って親交の深いお二人は、ライヴでのトークも息がぴったり。
ステージでの様子からも、ほんとに仲が良いのだな…とわかるほど。
その漫才顔負けのマシンガントークの応酬は 「 MCの合間に歌を唄うライヴ 」 の所以。

2009年11月1日、独立後の初のツアー初日に京都から駆けつけ、
アンコールでステージに登場した佐田玲子さん。
聖子さんの後ろ姿をしっかり見守り、支えてくれた一人。

オリジナルの2nd シングルとして2008年に発表した 『 道 』
ソロライヴでも、アンコールのラストに頻繁に唄う楽曲。

ファンを励まし、自らを励まし、自らを叱咤するかのごとく…

佐田玲子さんとこの楽曲が、どれだけ聖子さんの励みになったことか…。




もっと一緒のステージを…と願う二人の想いを実現させることが出来るのは、

事務所レベルの " 大人の事情 " の解決ではなく、山をも動かす " ファンの声 " 。



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謹賀新年

明けましておめでとうございます。
旧年中は、各方面の方々に大変お世話になりました。

年末の繁忙にあたり、しばらくの間失礼をしていました。
ようやく今日1日だけ休みが取れ、ひと息つけるかと思えば…

本日、三軒茶屋キャロットタワーのコミュニティーラジオの4時間の公開生番組に
ピンチヒッターのDJとして沢田聖子さんがご出演…。

例年なら今日は1日寝ているところなのですが、
新年初顔合わせの場に行かない訳に行かず…
お昼前には出掛け、5時間近く立ちっぱなしになる覚悟を決めて…。

明日からまた仕事なので、もう少し失礼をするかと思いますが、
本年もよろしくお願い申し上げます。

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   2012年1月2日16:55、三軒茶屋キャロットタワー26F展望フロアーより

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