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柏ライヴ [ライブツアー幸せを探そう]

10月28日、2011年のツアーライヴとしては31本目のステージ。
千葉県柏市の柏駅前に位置するライブハウスは、初めて開催する 『 Studio WUU 』。

ライヴハウスの入口前には、譜面台を使った当日のライヴ告知が…
この譜面台を見て「このライヴハウスは、当たりだ…」と直感…。
何気ないセンスが、そのお店の品格に現れる…。

フローリングのホールとステージ、木目調のテーブルがぬくもり感を漂わせ、
間接照明が作り出すほのかな光と影が、そのぬくもりに彩りを添える…。
ステージを背にして会場を見渡したくなるライヴハウス。
ステージに立った聖子さんには、どんな視界が広がるのか知りたくなるライヴハウス。
客席のイスとテーブルの位置一つひとつが知りたくなるライヴハウス。

アコースティック系を中心に、クラシックからバンド系までプロ・アマ問わず幅広く出演し、
前の週に村田和人さんがライヴを行い、以降には西島三重子さん、由美かおるさん等々
多才なアーティストの出演予定が入っている。

もう10年になるというライヴハウスで、今まで知らなかったのが残念…
と聖子さんもおっしゃるほどの心地良い音楽スペース。
一度来たら、また来たくなる典型のライヴハウス。

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ステージに " スタインウェイ " のグランドピアノがあるという前触れがあり、
また先日の魚津市「桜ホール」の " スタインウェイ " の音色が話題にもなっていたため、
否が応でも期待が高まる柏ライヴ。
ライヴ中盤からは全曲ピアノの弾き語りとなり、名器の音と歌声に酔いしれたステージ。
目を閉じて身体を左右に揺らしながら、気持ちよさそうに奏でるメロディ。
ずっと見続けてきた、大切ないつもの光景…。

ひと昔前までは、沢田聖子のコンサートは3時間が当たり前だったが、
独立してからは2時間半を超えない範囲に収めるようになっていた。
それがこの日は珍しく、3時間に届きそうになるほど…
特に曲数が増えたわけでもなく、テンポもいつもと変わりないはずなのに…
思い起こすと、MCの時間がいつもと比べて長めだったような…
何回かステージで話している話題も、ゆっくり反芻していたような…

ステージチェアーに腰を下ろし、ぽつりぽつりとライヴの事や近況を話す…
ギターの譜面台に両手を添え、譜面台の角度を上に下に動かす仕草が頻繁に…。
普段あまり見ることのない、珍しい仕草…。

落ち着かないのか…

それとも、心地良いライヴハウスの雰囲気に身をゆだねているのか…。

何を想って…

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千葉県でのライヴは2年8カ月ぶりで、前回は2009年2月17日。
デビュー30周年記念全国ツアー19本目のステージを、
ディズニーリゾート・イクスピアリ内にある 「 Club IKSPIARI 」 で行っている。

沢田聖子さんにとって、自分にとっても忘れることのできないステージ。

同年5月の全国ツアー千秋楽 『 赤坂BLITZ 』 のステージのアンコールにて…
2月17日の千葉ライヴの日に、お父さまが他界されたことをファンの前で告げる。
千葉ライヴのリハーサル中だったと…。

その日聖子さんは、午前中に病院のお父さまの元に向かい、千葉の会場に…
その日自分は、父の命日でもあったため墓参りを済ませ、千葉の会場に…。

妻と二人で伺い、アンコール曲の 『 友達 』 のスキャットを唄わされ…
「 今日の想い出に… 」と言っていた聖子さんの声が、今も耳から離れない…。
ステージ上ではとてもうれしそうで、楽しそうだった表情が忘れられない。

あの日のことを思い出し、胸が軋んだ柏ライヴ。

ステージと客席、様々な想いが交錯した柏ライヴ。




みなみのうお座 [ライブツアー幸せを探そう]

10月23日、前橋ライヴ終了。
前日の安曇野ライヴに続き、前橋でも地元の沢山のファンが集まり…。

楽しそうに、気持ちよさそうに唄う姿を見て、あの時の言葉を思い出す…。


「 人の評価なんて、もう気にしない…
           唄うことが好きだから、私は唄い続ける… 」


前橋ライヴ終了後、ライヴハウスの表に出て夜空を見上げていると…
ひときわ光り輝く一等星が、やや低い夜空に…

ライヴの余韻とその心地良さに包まれながら、しばらくその一等星を眺めて…。
「 これがあの星かな… 」 と思いながら…

秋の夜空は、明るく目立つ星が少ない。
そんな秋の南の空に、ただひとつ輝く一等星を持つ 「 みなみのうお座 」。
星座の形は隣り合う 「 みずがめ座 」 からこぼれた水流と魚の姿を表していると言われ、
一等星の「フォーマルハウト」は、魚の口あたりに位置している。

「 うお座 」 とは別の星座で、その「うお座」とどことなく似て小ぶりなため、
「 うお座 」 になぞらえた…とも言われている。
そしてその隣り合う 「 みずがめ座 」 からの水を
「 フォーマルハウト 」 の口で飲んでるようにも見える。

一つだけ寂しげに光っていることから、和名 「 南の一つ星 」とも言われている。

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全天21個ある1等星の中でのランクも低く、1年を通じてもっともさびしい夜空…

3月生まれの聖子さんの星座は、「 うお座 」。

その 「うお座 」になぞらえ、秋の夜空に、独り輝く一等星。

秋の夜空の、ただ一つの一等星。

前橋の夜空に輝いた かけがえのない一等星。

たったひとつの かけがえのない一等星。




ツアーファイナルへ [2011年ライヴ履歴]

2010年9月11日からニューアルバム 『 宝物 』 引っ提げて始まった全国ツアー
『 Live Tour 2010-2011 ~幸せを探そう~ 』

年内のスケジュールもすべて決まり、いよいよロングツアーの総決算に入る。

ツアーライヴ40本、バースデーライヴ4本、追悼ライヴ1本、ジョイントライヴ4本、
年末までのスケジュールを含めて2011年は、合計49本のステージに立つ。
2010年の44本を超える、ライヴ三昧の1年となった。

今年の初めにラジオ番組にゲスト出演した際に思わず口に出てしまい、
2011年の目標にもなった「 47都道府県制覇ライヴ 」
3月の東日本大震災の影響などがあったものの、47の都道府県のうち29ヶ所を訪れ、
1ヶ所でも多くのライヴを…という想いが叶った1年。
まさに休む間もなく、全国を走り回った1年。

2012年はニューアルバムのリリースを予定しているため、
ライヴの合間を縫って音作りに励んでいる…
と思われる…。

ツアーファイナルに向けて、最後まで全力で…


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『 2011年 沢田聖子LIVE 全日程 』

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
  ☆1月17日:川崎・ラゾーナ川崎プラザソル 

【 沢田聖子 バースデー☆リクエスト ライブツアー 】
    3月13日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ( 東日本大震災により4/3に延期 )
  ☆3月19日:大阪・南堀江knave
  ☆3月20日:名古屋・TOKUZO
  ☆3月21日:一宮・カフェ・ディ・ローゼ
  ☆4月03日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】  
    4月09日:南松本・Just
  ☆4月10日:甲府・桜座
    4月16日:小倉・フォークビレッジ
    4月17日:宇部・ザンクロブルース
  ☆4月30日:さいたま新都心・ヘブンズロックVJ-3
  ☆5月01日:宇都宮・ヘブンズロックVJ-2

【 奈良ビブレ フリーライブ 古都の幸せを探そう! 】
    5月04日:奈良・奈良ビブレ

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    5月05日:奈良・ビバリーヒルズ
    5月06日:和歌山・OLD TIME
    5月07日:田辺・ORAN-CHI

【 幸せを探そう~Anniversary Version 】
  ☆5月22日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    5月26日:石垣島・すけあくろ

【 石垣島イベントライブ Island afternoon live at Ishigaki Isld. Vol.2 】
    5月28日:石垣島・フサキリゾートヴィレッジ
   
【 THE 4/9 イベントライブ 夜放送同窓会 ~パーソナリティとフォーク&ビートルズ 】      
    5月29日:福岡・大野城まどかぴあ大ホール

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    6月04日:高松・スローステップ
    6月05日:松山・スタジオOWL

【 村下孝蔵追悼ライブ Forever Live ~親愛なる人へ~ 】
  ☆6月24日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ
   
【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    7月01日:神戸・チキンジョージ
  ☆7月03日:京都・都雅都雅
    7月08日:岩手・Honesty
    7月09日:仙台・海風
  ☆7月23日:浜松・窓枠
  ☆7月30日:横浜・サムズアップ
  ☆7月31日:いわき・Bar QUEEN

【 幸せを探そう~夏休みVersion 】
  ☆8月19日:代官山・晴れたら空に豆まいて 

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    9月17日:札幌・cafe' rit
    9月18日:旭川・アーリータイムズ
    9月19日:富良野・ドリームハウス金魚
    9月24日:白山・溜まりBAR 夕焼け
  ☆9月25日:魚津・桜ホール

【 東日本大震災支援チャリティーイベント 結い音楽祭 2011 】
    10月02日:愛媛・久万高原やまだにさんさんドーム

【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
    10月10日:大分・カンタループⅡ
    10月22日:長野・安曇野 啼鳥山荘大ホール
  ☆10月23日:前橋・音処きしん
  ☆10月28日:千葉・柏 Studio WUU
    11月05日:岡山・ギャラリー グロス
    11月06日:広島・楽座
  ☆11月24日:川崎・ラゾーナ川崎プラザソル

【 幸せを探そう Tour Final 第一聖夜★サンタがknaveにやって来た 】
  ☆12月10日:大阪・南堀江 knave

【 幸せを探そう Tour Final 第二聖夜★トナカイもknaveにやって来た 】
  ☆12月11日:大阪・南堀江 knave

【 幸せを探そう Tour Final 第一聖夜★サンタがスタパにやって来た 】
  ☆12月17日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ

【 幸せを探そう Tour Final 第二聖夜★トナカイもスタパにやって来た 】
  ☆12月18日:吉祥寺・スターパインズ・カフェ

【 幸せを探そう Tour Final 第一聖夜★サンタがTOKUZOにやって来た 】
    12月24日:名古屋・TOKUZO

【 幸せを探そう Tour Final 第二聖夜★トナカイもTOKUZOにやって来た 】
    12月25日:名古屋・TOKUZO


『 幸せを探そう 』
作詞作曲編曲:沢田聖子


     

遠い世界に [想い いろいろ]

イントロのオートハープを聴いただけで涙が溢れる 『 遠い世界に 』。
理屈では語れない、琴線に触れるメロディ…。

フォーク黎明期のフォークグループ「五つの赤い風船」の名曲中の名曲。

当時の若い世代の方々にとっては、第2の 「 国歌 」 とも言われた名曲。

音楽の教科書にも載り、世代を超えて歌い継がれている普遍の名曲。





北海道岩見沢市を舞台とした夏の恒例のイベントライヴ「フォークジャンボリー」。
日本のフォークシーンを代表するアーティストが多数出演し、夏の風物詩にもなっている。
残念ながら今年でファイナルを迎えたが、今年も当日券もないほどの大盛況だったと言う。

2004年のステージで、五つの赤い風船、南こうせつ、伊勢正三、遠藤賢司、
尾崎亜美、なぎら健壱、と共に沢田聖子さんが出演している。
ソロステージでは、トップバッターとしてノースリーブにロングスカート姿で登場し、
『 シオン 』 『 ナンクルナイサ 』 『 親愛なる人へ 』 を唄っている。

夏の陽射しの中、額や首に汗しながらの熱唱が印象的だったステージ。

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夏の陽射しも傾いて夕暮れ迫る中、出演者全員揃ってのエンディングでは、
艶やかな黄色の浴衣姿におさげ髪、そして黒髪に彩りを添えるひまわりの髪留め、
そして右手には、ファンにはお馴染みの星型の赤いタンバリン。

フォークの大御所達と一緒に、そして会場の大合唱となった 『 遠い世界に 』。
ただでさえ、涙無しには聴けないメロディー。
それをステージ上で聖子さんが、西岡たかしさんを中心としたフォークの大御所達と一緒に
『 遠い世界に 』 を空を見上げながら幸せそうに唄っている姿を見て……

これ以上、もう何もいらない…と…。

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普遍の名曲と言われながら、" 団塊の世代の人たちの楽曲 " というイメージがある1曲。
日米安保、全共闘の時代性も見え隠れする1曲。

それでもこの楽曲が今でも唄い継がれているのは、
やはり世代と時代を超えたメッセージが込められているから…。
時代を問わず、どこかで人としての心に響くメッセージがあるから…。


そして、今の日本人にも訴えかけているような…。


しかしそれは、決して遠い世界への憧れや旅立ちではなく

いつも通りの普通の暮らしが出来る幸せを、取り戻すため…。

明るい太陽に幸せを感じる事が出来る暮らしを、取り戻すために…

ごく当たり前の日々が訪れる幸せを、取り戻すために…

いつもと同じ朝が来る幸せを、取り戻すために…

明日の世界を探すのではなく、今日の小さな幸せを探すために…

力を合わせて生きることを、日本人は忘れていないはず…。


雨ノチ晴レ。 [SMC時代]

『 雨ノチ晴レ。』
作詞作曲編曲:沢田聖子

2004年5月21日、34枚目のシングルとしてリリース。
2007年4月25日、27枚目のオリジナルアルバム 『 すべてに、ありがとう。』
にアコースティック・ヴァージョンを収録。
デビュー25周年だったこの年は、シングルリリースと共にライヴDVDの発売があり、
3月には女優としての初舞台を踏むなど、超多忙なスケジュールだった。
5月からはニューシングルを引っ提げて、全国28ヶ所・全32公演のロングツアーを行う。

シンセサイザーを使わないシンプルなギターサウンドに仕上げた軽快な楽曲。
当時のライヴメンバーによるアコースティックピアノとオルガン、ドラムスとパーカション、
そしてアコースティックギターを何度もダビングした厚みのあるサウンドが胸に響く。

ファンへの初披露は、全国ツアー前の4月上旬に開催されたファンクラブ宿泊イベントで、
C/W 曲 『 Be myself 』 も同時に初披露した。
ライヴ等のステージで発売前の楽曲を披露するのは珍しくないが、
レコーディングのオリジナル音源を発売前にファンの前で披露する機会はめったにない。
ライヴとはまた違った張り詰めた空気が漂い、学校方式に座るファンの前に対坐し、
イントロが流れ始めるとそっと目を閉じ、完成した自らの新曲を聴き入りながら…
ファンの反応を、五感で感じている様子…。

アーティスト本人を目の前に、初めて聴く新曲に耳を傾けるファン。
その反応をファンの目の前で受け止めるアーティスト…。
「どうだった…?」
「良いですね…」
それぞれの心の中で、同じ会話が交わされていた瞬間…。

目を閉じていた穏やかな表情が忘れられない、想い出深い時間。

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ステージでも頻繁に唄う楽曲の一つで、その思い入れの深さが伺える。
ジョイントライヴやイベントなど、ファン以外のお客さんが客席に並ぶステージでは、
必ずと言っていいほどセットリストに組み込まれている。
『 シオン 』 や 『 親愛なる人へ 』 『 ナンクルナイサ 』と共に、自己紹介のような楽曲。

ライヴでのギター弾き語りでは、Aメロのダウンストロークに合わせて背伸びをするように、
両足の踵がほんの少しスッ…と浮いて、つま先立ちになること数回…。
ストロークのリズムに合わせて伸びあがる、調子の良い時に見られる仕草の一つ…。


この楽曲を「 人生応援歌 」と自らが呼ぶ 『 雨ノチ晴レ。』
ツアーのステージMCで「 この曲は人生応援歌です 」とファンの前で話した際、
サポートのギタリストがジョーク混じりと思ったのか、思わず失笑し…
するとその笑いに表情を変え 「何で笑うの!?」とキッと睨みつけて叱責し、
ギタリストが慌てて謝ったという場面もあった。

この楽曲への深い想い、そして伝えたいメッセージがどれほど込められていたか…。

猪突猛進型で真正面からぶつかって行く聖子さんらしい、直球勝負の 『 雨ノチ晴レ。』


思い通りに進めない日ばかりでも、諦めない努力を私は忘れない。

誰もが人生という旅の途中を生きている…

雨雲の向こうには、いつでも太陽が輝いている。


25回目の春に届けてくれた、熱いメッセージ。




宝塚ファンに学ぶ [My Favorite]

『 宝塚歌劇団 』
1914年を初公演とする女性歌劇の劇団で、日本で初めてレヴューを上演した劇団。
創設の当初から「老若男女誰もが楽しめる国民劇」を目指している。
現在も、健全且つどの世代の人が見ても楽しめる演目を主眼に置いた
ミュージカル、芝居、レヴュー等を上演し続けている。
ジャンルは多岐にわたり、古今東西を問わず、歴史劇、ファンタジー、SFにまで至る。

舞台に出演するのは「 宝塚音楽学校 」 の卒業生であり、全員が未婚女性。
団員たちは 「 タカラジェンヌ 」 という愛称で一般的に親しまれているが、
劇団の中では、トップスターといえども 「 生徒 」 と呼ばれている。
劇団は、花組・月組・雪組・星組・宙(そら)組の5つの組に分けられ、
各組がそれぞれに公演を行うという、独立したシステムをとっている。

退団後の再入団も認められておらず、外部の俳優が本公演に出演することもない。
また団員が在団中に外部の舞台・テレビなどに出演することも少ない。

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倍率が30倍に届きそうな超難関を突破して宝塚音楽学校へ入学し、
タカラジェンヌになるための基礎教育、レッスンの2年間を過ごす。
その倍率の高さから 「 東の東大、西の宝塚 」 という言葉もあるほど…。
トップスターに登りつめた人でさえ、入学までに4年を費やした人もいたと言う。

宝塚の舞台は、音楽学校を卒業した " タカラジェンヌ " だけしか立つことが出来ない…。
この想いと情熱が、宝塚歌劇の根本にあるのかもしれない…。

音楽学校を卒業して歌劇団に入団した生徒は、入団と同時に初舞台に立つことになる。
初舞台の演目は、ショーの終盤に行われるラインダンス。
通称 " ロケット " 。

全員が一列になり、一斉に同じ高さに脚を上げて踊るラインダンスは、
1927年の日本最初のレビュー『 モン・パリ 』以来の宝塚のシンボル。
通常の公演では下級生が担当しているが、毎年春の宝塚大劇場公演では
初舞台生だけのラインダンスを披露するのが恒例となっている。

全員の呼吸を合わせ、身長差による脚を上げる高さの違いなどの振付を揃えるには
並々ならぬ努力と、稽古に稽古を重ねていることは素人にも想像がつく…。
初日公演の数日前に、先輩組員の前で稽古の成果を披露する機会があり、
一糸乱れぬ演技を終え、組のトップスターや先輩達から大きな拍手が出ると、
その場に泣き崩れる生徒で溢れると聞く…。

そしてこれが、同期生全員で同じ舞台に上がる最初で最後の機会となる。
宝塚を卒業した幾多の有名芸能人も、皆このロケットの猛稽古と初舞台を経験している。

" タカラジェンヌ " 誰もが、同じように通った道。
" タカラジェンヌ " でなければ、通れない道。

5つの組への配属がこの初舞台終了後に行われ、夢の舞台へと飛び立って行く…。

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宝塚歌劇のメインは男役であり、女役がトップになることはない。
宝塚に憧れるほとんどの女性が目指す、" 男役トップ " 。
劇団に在団している約400名の中の、たった5人。
音楽学校入学からの倍率を考えれば、まさに選ばれた一握りの5人。

演目の最後に、出演者全員が順番に大階段を降りて登場する場面。
きらびやかな衣装を身にまとい、フィナーレの沸点は最高値に達する。
そして宝塚お約束とも言える、トップが背負う巨大な羽根。

トップスター、娘役トップ、準トップだけが背負うことが出来きるもので、
順で背負う羽根の大きさも違い、トップの羽根の重さは20キロにもなるという。
羽根の大きさ・重さがステータスの、まさにタカラジェンヌ憧れのシンボル。

各組のトップスターに登りつめた後は、芸能界へ転身する人、一般人になる人、
結婚して家庭に入る人等々、基本的には退団する事になる。
トップの就任期間は、おおよそ4~5年と言われている。
劇団・組の事情、人気の度合いや本人の意向もあるのだろうが、
トップになるまでに12~15年かかると言われていることを考えると、
" 花の命は短くて… " なのか…と。

当然のことながら、トップスターに登りつめることなく退団する人がほとんど…。
多くのファンとタカラジェンヌ、そしてタカラジェンヌの夢破れた人達の想いも背負い、
トップスターは情熱の全てを傾けたステージに立つ。

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宝塚歌劇団のモットーである 「 清く 正しく 美しく 」
現役のタカラジェンヌは勿論のこと、宝塚の卒業生やスタッフ、関係者、
更にはファンに至るまで、その精神が胸の内で息づいている。

ファンが楽屋や稽古場などに入る俳優などを待っていることを「入り待ち」、
また出てくるのを待っていることを「出待ち」という。
放送局やコンサート会場等でアイドルやアーティストを待ち、
お目当ての人が出てくると我先にと押し寄せ、もみくちゃになる光景がよく観られる。

しかし宝塚歌劇団でタカラジェンヌの入り待ち・出待ちをする様子は、全く違う。
劇場や稽古場の出入口付近で待つことに変わりはないものの、
出待ちなどの人たちは綺麗に列を作って並び、一般のお客さんに迷惑をかけないよう、
歩道などの通行を妨げる場所に陣取ることも、列からはみ出ることも決してない。

宝塚では、ほとんどのタカラジェンヌに会(ファンクラブ)があり、
出待ちなどでは会のファン達が、お目当て人の通る道を作るために最前列に並び、
その後ろに一般のファンの人たちが並ぶ、という暗黙のルールがある。
もちろん、タカラジェンヌのガードを務めるという目的もある。
また会同士でも場所の取り合いなどがないよう、それぞれにスケジュールを把握し、
その人が来るであろうと思われる時間になると、その会のファン達のために場所を空け、
その目的が終わると、次に来るタカラジェンヌの会の人達に…と。

さらにお目当ての人が来ると、最前列の会のファン達は一斉にしゃがみ、
後ろにいる一般のファンやお客さんに自分たちが邪魔にならないよう、
同じように姿を見ることが出来るよう、細やかな心遣いと配慮がなされている。

また手紙やプレゼントを渡す時は一列に並ぶ、というルールもあるため、
むやみやたらにファンが押し寄せたり、もみくちゃになることは絶対にない。
後ろにいるファンもちゃんと姿を見ることが出来、みんなで気持ちよく
「 行ってらっしゃい 」「 お疲れ様でした 」 と出迎えや見送りをしている。

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その整然とした行動は組織としての完成品を見るようで、躾けの良さに惚れ惚れする。
押し付けられた決め事だけではなく、それぞれの意思と想いの集まりであるため、
その堅い結束力と統率力は決して乱れることがない。
一人のファンとしての想いと行動、ファンの集まりとしての想いと行動をわきまえている。

ファンだから何をしても許されるという奢りは、どこにもない。

そこにあるのは、ファンだからこそ…という想い。

憧れの人に恥をかかせないように…

気持ちよく楽屋入りしてもらえるように…

気持ちよくステージに立ってもらえるように…

そして一般の人たちにも、その姿を見てもらえるように…


ファンだからこそ自らを律することが、その人への最大の礼節であることを知っている。

ファンの我がままな行動は、大切な人を傷つけてしまうことを知っている。

ファンの想いの行き着く先がどこなのか、きちんと知っている。

誰のためなのか…。




手塚治虫と宝塚歌劇


こんな静かな夜は [初期クラウン時代]

『 こんな静かな夜は 』
作詞:沢田聖子 作曲:西岡たかし 編曲:渡辺博也

1980年4月25日リリース、2枚目のオリジナルアルバム 『 青春の光と影 』 収録。
1stアルバム 『 坂道の少女 』 からちょうど1年後の、待望の2ndアルバムリリース。
セーラールックのアイドル路線を払拭するかのごとく、アンニュイなモノクロジャケット。
少女から大人への、飛躍の2ndアルバム。

珠玉の名曲揃いの中、初めて自作の詩に他のアーティストから曲をつけてもらった楽曲。
『 こんな静かな夜は 』

自分の詩に、フォーク界の大御所から曲をつけてもらったことがよほど嬉しかったのか、
ラジオ番組やステージで、よくそのエピソードをうれしそうに語っていた。

「 あんな詩に、本当に曲をつけてもらえるのだろうか… 」と不安になり…
出来上がった楽譜を手にし…
「 おまえ…良かったね… 」と、自ら作った詩に語りかけたという…。

2ndアルバムにして " 最高傑作 " と当時絶賛の嵐だった 『 青春の光と影 』
シンガーソングライターとしての道標となった 『 青春の光と影 』

ファンの思い入れの強い楽曲、聖子さんの思い入れの強い楽曲…。

たくさんの想いがつまった、初期の最高傑作アルバム。


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秋になると、夜空を見上げながら流れるメロディ…

秋の夜空を見上げると、流れてくるヴィブラフォンの音色…

こんな静かな夜は…。




大好きな曲たち 【アニメ編】 [My Favorite]

昔のアニメは、今のように細部に亘る所にまでの描き込みもなく、ストーリーも単純明快。
漫画とは、そもそも絵でどれだけ表現できるかが勝負で、どうしても描ききれないものを
「ふき出し」という台詞で補うのが根本にある。
説明せずに如何に分かってもらうかが、腕の見せどころ。
主人公や登場人物のこと細かな説明もなくても、観る者が想像を膨らませる。

映画にしても同じで、必要以上の情報は邪魔になるだけ。
省くべきシーンは省き、観る者に判断を委ねるのも、製作者の腕の見せどころのはず。

人間の目から入る情報を脳が認識できる範囲には限度があり、
目で見えてはいても、脳に達していない情報が山ほどあるという。
逆に人間の脳が持つ想像力は無限大で、その個人差も計ることは出来ず、
人はたった一つの情報から、無限に広がる想像力で物を作り出せる。

今のアニメや漫画は書き手の一方的な押し付けで、センスも何もない駄作揃い。
自分のテクニックのお披露目会と勘違いしているのでは…と疑う。

同じように昔のアニメは主題歌もわかりやすく、子どもが直ぐに憶えて唄えるものだった。
今のように、それを唄う歌手のためではなくその作品のための主題歌だった。
またエンディング曲にも魅力があり、表のヒーロー像に隠された、
どこか陰のある、哀愁を感じさせるエンディングが多かった。


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子どもの頃大好きで、今も口ずさむ事が出来るアニメの主題歌をいくつか…

『 サイボーグ009 』エンディング
さすがに各回の話しの内容は全く憶えていないが、
オープニングとエンディングの曲は、記憶に鮮明に残っている。
特にエンディング曲は、子ども心に哀愁を感じた一番最初の曲と言っていい…。
何度も何度も再アニメ化されているが、このオープニング・エンディングには敵わない。



『 デビルマン 』 エンディング
ダークヒーローの代表と言っていい「デビルマン」
ヒーロー像に隠れた哀愁、孤独、葛藤を描いた第一級のエンディング。



『 ハクション大魔王 』 エンディング
タツノコプロの傑作の一つで、子供向けでありながら当時のサラリーマンの悲哀や時事、
風刺や流行などを扱ったハイセンスな作品。
ギャグアニメながら、最終回はアニメ史上に残る名作と言われている。
エンディングはセンスあふれる楽曲で、今の時代にも十分通用する可愛い楽曲。
キュートな歌声も魅力たっぷり。
ちなみに「アクビちゃん」は、ハクション大魔王の娘である。



『 野球狂の詩 』 エンディング
アニメ番組30分枠の常識を覆し、1時間枠のドラマスタイルを試みた作品。
主人公水原勇気を登場させるまでは、架空のプロ野球球団「東京メッツ」を舞台とした
本格的な野球漫画で、月一度の連載でもあった。
アニメ化に伴い新しい展開として水原勇気を登場させ、原作も週一度の連載になった。
物語の終わりからそのままエンディング曲に入る斬新な流れが印象的。



『 サイボーグ009 』 オープニング
オープニングとしても、子供心に深く刻み込まれたのは…やはり「サイボーグ009」
ヒーローアニメの主題歌のお手本とも言えるパンチ力とヒーロー性、分かりやすさが満載。
9人のシルエットから始まり、スピード感溢れるカメラワークとディフォルメ。
バン・ボグートと009の加速装置による闘いの疾走感は、今も見劣りがしない。



『 侍ジャイアンツ 』 オープニング
血沸き肉躍る、個人的に大好きなオープニング。
野球を通して男の意地がぶつかり合い、主人公とストーリー展開の破天荒さが魅力。
「巨人の星」の二番煎じと言われながら、野球アニメの最高峰と評する声も多い。
" 野球地獄で 男を磨け "
何度観ても聴いても、涙が出そうになる男のアニメ。
やれ登板間隔7日だ、やれ投球数100球だと…
軟弱な今の野球選手に見せてやりたい。



『 ちびまる子ちゃん 』 オープニング
誕生25周年を迎えたという「ちびまる子ちゃん」
アニメとしても国民的長寿番組になっているが、開始当初はほのぼのとしたアニメだった。
ヒットした主題歌もいくつかあったが、オープニングはやっぱりこの曲。
このアニメの魅力がすべてこのオープニングに凝縮されている。
夢いっぱいの、この作品の原点。



そして、アニメ史上最高のオープニングと言っていい…

『 マッハ GoGoGo 』
曲のテンポ、パンチ力、動画のスピード感、カメラワーク、彩りのセンス…
どれをとっても一級品。
車体の下をカメラがくぐり抜ける、カメラワークの躍動感とスピード感。
ラストのチェッカーフラッグを象る流れ、CGのない時代に車体を回転させる神業。
これが作られたのが1967年ということを考えれば、信じられないタツノコプロの技術。
いくら細部を丁寧に描いても、絵コンテ・コマ割りをきちんと計算し、
省く所は大胆に省かなければ、観る者を惹きつけることは出来ない…というお手本。
埋め込み禁止に設定されているため、リンクで…
http://youtu.be/cPR45cBkRq4

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最後に…
低年齢層の子供アニメとして人気を博した「赤ずきんチャチャ」。
その主題歌を沢田聖子さんが唄い、「チャチャのお姉さん」と子供から呼ばれた。
『 赤ずきんチャチャ 』 エンディング



『 君色思い 』
もともとSMAPが唄っていたが、所属会社とビデオ発売メーカーが異なることから
原盤権の許可が下りず、ビデオソフト用として急遽沢田聖子が唄うこととなった。
伸びのあるハイトーンボイスのさわやかさから、オリジナルより評判が良い。
『 赤ずきんチャチャ 』 オープニング


おまけ


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