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みどりの頃 [東に元気を…]

【 Live Tour 2010 ~ 2011 ~ 幸せを探そう ~ 】

昨年の9月からニューアルバムを引っ提げての全国ツアーは、
3月の東日本大震災の後、甲信越・九州・中国地方を精力的に駆け回り、
再び関東に…。

GW序盤から…
4月30日「 さいたま新都心 ヘブンズロックVJ-3 」
5月1日「 宇都宮 ヘブンズロックVJ-2 」
GW後半には奈良~和歌山と、西に東に走り回る。
そして6月には四国、沖縄。
7月には、いよいよ岩手・宮城に…。

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各地でのチケット代やツアーグッズ等の収益金の一部と、
会場に設けられた募金箱で集められた義援金を「 沢田聖子ファミリー 」として、
各支援団体宛てに送っている聖子さん。
それぞれの人が、今出来ることを一つひとつ…
「 唄うことが、今の私に出来ること。東に向けて、元気を…!」
日本中の想いが一つとなっている今、" 聖子ファミリー " の想いも、揺るぐことなく…

桜前線も北上し、季節は 『 みどりの頃 』 へ…。
新緑と澄んだ青空が鮮やかな5月は、シンガーソングライター沢田聖子のデビュー月。

緑の風にのって…

沢田聖子の季節 『 みどりの頃 』 へ…

沢田聖子ファミリー の " 元気 " を、東へ!




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キャンディーズファンから教えられたこと… [My Favorite]

1977年7月17日

「 普通の女の子に戻りたい 」

アイドルとして自分の意志を表に出すことが、ご法度だった時代。

キャンディーズの突然の解散宣言は、時代の流れを大きく変えた。

日比谷野外音楽堂のコンサートで、事務所の了承を得ずに解散宣言をした3人。
人気絶頂の時期だったこともあり、事務所もレコード会社も簡単に了承できるわけもなく、
9月の解散を宣言していたものが、話し合いの上に翌年の4月に延期となった。

これらは、わがままな言動としてマスコミなどからのバッシングもあったという…。
敷かれたレールに従い、言われるままに振舞うことが当たり前だった時代…。
誰の我がままなのか…?とささやかれた事もあった…。

そんな中…

「 俺達がキャンディーズを守る 」
と立ち上がったのが、当時のファンの方たちだった…。

3人の意志を尊重し、ファンとしてキャンディーズのフィナーレを飾ってあげたい…。
全国規模のファンクラブが大きな力となり、ラストシングルをNo,1にのし上げる。
ファン一人ひとりの想いを結集して、時代の常識を覆した…
アーティストとファンが一体となって…。

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2009年11月1日

「 ファンが守ってみせる… 」

一昨年の事務所からの独立時に、こう思って立ち上げた私設ファンクラブ。

一人ひとりの想いを集めたくて、その想いを沢田聖子さんに届けたくて…

ファンはいつも一緒にいる事を、伝えたくて…

いつまでも、見守りたくて…。



ファンの想いは、時代を超えて…。

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Candies Forever [My Favorite]

キャンディーズは、自分にとって最初のアイドルだった。

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「8時だョ!全員集合」で、3人のさわやかなお色気に心魅かれたのが小学生の時。
ドリフのコントを観るために毎週チャンネルを合わせていたのが、いつのまにかアシスタントの3人に目が釘付けになっていた…

中学生になり少ない小遣いをためて、レコードや写真集、ポスターを買った。
自分の部屋の壁に初めて貼ったポスターが、キャンディーズだった…。

『 やさしい悪魔 』 の 「 デビルサイン 」 を真似して…

『 年下の男の子 』 『 春一番 』 の振付は、今でも出来る…

『 微笑がえし 』 の歌詞 「 おかしくって 涙が出そう 」 を聴くと、今でも涙が溢れる…。

『 その気にさせないで 』 のジャケットで、白いドレスを着て頭から水を被った3人の表情に
ドキッとし、大人の女性への憧れを感じた…
実はこの撮影は海岸で行われ、スーちゃんが波にさらわれそうになり、ほんとに怖い思いをした3人の表情だったと後から知り…。

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『 哀愁のシンフォニー 』 のメロディとハーモニーに涙し、ライヴ映像で、客席から一斉にステージへ投げられる無数の紙テープを見て全身に電流が走ったことは、忘れない…

まだコンサートに行くことまで出来なくて…
あそこで、紙テープを一緒に投げてみたい…と思った…。


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今思うと…
ライヴの魅力から離れられなくなり、今も好きな音楽を聴くために遠くまで足を運ぶのも、
この時身体に走った電流が、始まりだったのかもしれない…
キャンディーズの3人が、スイッチを入れてくれたのかもしれない…。

もう、3人が一緒に並ぶ姿は見られないけれど…

たくさんのファンの心の中で、ライヴは永遠に…

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スーちゃん…
ゆっくり休んでください…

Candies Forever …



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星空のメッセージ [初期クラウン時代]

『 星空のメッセージ 』
作詞作曲:イルカ 編曲:渡辺博也

1980年9月25日、4枚目のシングルとしてリリース。
1981年4月25日、2ndアルバム 『 青春の光と影 』 収録。

デビュー2年目の飛躍の年、4月にリリースされた1stアルバム 『 坂道の少女 』 で新しい
シンガーソングライターとして注目を集め、ニューミュージック界に旋風を巻き起こす。
この年の学園祭出演数No,1となり、「学園祭のプリンセス」と呼ばれる。
秋口から学園祭と同時並行で行った全国ツアー「さわやかコンサートvol,2」を含め、
約50本のステージを経験する。
春先の1stツアーのツインキーボード、エレキベースの3人編成から、更にエレキギターとパーカッションが加わることによりサウンドにも厚みが増し、ライヴアーティストとしての階段を一気に駆け上る。
コンサートチケットは、どこも即日完売。
後に「プラチナチケット」とまで呼ばれるようになった。

2ndシングル 『 シオン 』 3rdシングル 『 坂道の少女 』、そして 『 星空のメッセージ 』 は、沢田聖子の初期の入門編とも言える。
更にこの3曲共にイルカからの楽曲提供だったことが、後の沢田聖子のアーティストとしてのスタンス・音楽活動に大きな影響を与えている。
アイドル性と人気が先行し兼ねなかったこの時期、4枚目のシングル 『 星空のメッセージ 』 は、沢田聖子のこれからの方向性をはっきりと示すこととなった。
沢田聖子の原点が確立された、大切な時期だったと言える。

そして翌年リリースされる最高傑作アルバム 『 青春の光と影 』 につながって行く…。


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決してインパクトのある楽曲ではないものの、聴き込むほどに深みが増す楽曲。
当時聖子さん本人も、「最初はさらっと聴いてしまう楽曲かもしれないけれど、2回3回と聴いて行くうちに、唄って行くうちに味が出てくる楽曲…」と語っている。

今もなおファンのリクエストが多く、時代を超えて聴き継がれている名曲。
沢田聖子を語るには、外すことの出来ない1曲。



1980年8月22日、文化放送 " 電リク番組 " での本人の曲紹介入り
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シオン [初期クラウン時代]

『 シオン 』
作詞作曲:イルカ 編曲:木田高介

1979年10月25日、2枚目のシングルとしてリリース。
1980年4月25日リリースの1stアルバム 『 坂道の少女 』 収録。
1997年12月17日リリースのアルバム 『 Acoustic Love Ballads 』にリテイク、
2004年5月21日リリースのシングル 『 雨ノチ晴レ。』 にC/Wとして
『 シオン (2004 Version) 』 をリテイクしている。

デビュー前、まだ数えるほどしかオリジナル曲がなかった時、
師匠のイルカから練習曲として贈られた楽曲。
毎日毎日ピアノの前で練習し、当時の所属事務所「イルカオフィス」の社長兼プロデューサーであり、そしてイルカの夫の故・神部和夫氏をお客さんに見立てての猛練習だったという…。

埋もれてしまいそうな小さな輝きを発掘し、シンガーソングライターとしての道標を示してくれたイルカ夫妻から贈られた、聖子さんにとって宝物のような楽曲。

少年の淡い恋心を綴った詩は、イルカ自身の作品にも見られる世界が踏襲されている。
ヴァイオリンの切ない旋律とピアノのメロディーは、アレンジを手掛けた故・木田高介氏の手腕が如何なく発揮されており、今も失わない輝きを放っている。
今の時代には見つける事の出来ない、希有な楽曲の一つ。

これまでに幾度となくステージで唄われてきた、沢田聖子の代表曲。


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イルカのデモテープの 『 シオン 』 では、サビの部分に短いスキャットが入っており、
数年前のライヴで原曲盤をギター弾き語りで披露している。
またシングル盤とアルバム盤では若干のミックスダウンの違いがあり、
アルバム盤ではサビの部分のリバーブが、やや強めにかかっている。

現在では、ピアノの弾き語りとギターの弾き語りでの2種類の 『 シオン 』 をステージで聴くことが出来るが、やはり 『 シオン 』 はピアノの弾き語りで…。





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桜座ライヴ [ライブツアー幸せを探そう]

3月の震災影響下の中のバースデーライヴを終え、
全国ツアー『沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~』
が再開。

前日の長野県松本市に続き、山梨県甲府市でのステージは、今回初めての会場となった 『 桜座 』。
もともと芝居小屋として地域に根付いた場所だったが、時代の趨勢から姿を消し、6年前に75年の時を経て復活したライヴスペース。

和太鼓や三味線、落語寄席などの伝統芸能の公演から、日野皓正、山下洋輔、浅川マキなどそうそうたる顔触れのアーティストがこの舞台に上がっている。

客席は座敷で、お客さんは靴を脱ぎ座布団に座ってステージを観覧する。
懐かしい昭和の香りを漂わせるステージに、グランドピアノが際立つ…。

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震災の影響は未だ収まらず自粛ムードが残る中、やや重苦しい雰囲気が払拭できないのは、客席もステージも同じ。
オープニングのMCも、いつもの底抜けの明るさは影を潜めている…。
それは客席も、痛いほど分かっている…。

「普通でいられる事に罪悪感すら感じる…」
と綴っていた言葉を思い出す…。

唄いながら時折見せる、張り裂けんばかりの苦しそうな表情…。
いつ崩れるか…と思わせるほど…

それは、客席も同じ…。
気づくと…頬に涙が…。


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それでも、「西の元気を東に向けて…。」と自らを鼓舞するように…
唄い続ける。
走り続ける。

唄う場所がある限り…と。

胸に深く深く、深く刻まれた 『 桜座 』 ライヴ。


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桜のトンネル [桜のトンネル]

聖子さんの小さい頃からの遊び場だったという「哲学堂公園」は、
四季折々の自然に囲まれた閑静な住宅街の真ん中に位置する。

4人の哲学者を祀った「四聖堂」を建設したのが始まりというこの公園は、
中野区民の憩いの場として愛されている。


4月7日の哲学堂公園と中野通りは、ほぼ満開…。

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この哲学堂公園から中野駅まで約2キロの「中野通り」は、都内有数の桜並木が立ち並び、
春には桜のアーチと桜吹雪に包まれる。

子どもの頃からこの道をバス通学し、この桜の木を見ながら育ち、
桜並木と一緒に大人になった想い出の詰まった道。


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2010年にリリースしたオリジナルアルバム『宝物』に、この「中野通り」をモチーフとした
『桜のトンネル』という楽曲を収録し、桜並木と家族への想いを詩に込めた。

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   母と手をつなぎ歩いた 幼い想い出
   
   あの頃は細かった 桜並木
   
   哲学堂から駅まで 桜のトンネル
   
   何度もくぐり抜けて 大人になった 

   暑い夏も寒い冬も 耐え忍んでは

   恨み言ひとつ言わず 花を咲かす

   人は弱い生き物だね 泣き言ばかりで

   それでも おまえらしく生きて行きなさい

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   初めから大きな樹に

   なれるはずなどないんだよ

   躓きながらでも前へ 諦めずに

   ハラハラと花びら舞い踊る 薄桃の空見上げ

   心で " ありがとう… " って

   小さくなった母に 呟く

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昨日のブログで、実家に赴く途中の中野通りの風景がアップされ…
http://ameblo.jp/shoko-sawada/entry-10853660185.html

同じ風景を眺めながら、想いを馳せる…。




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47都道府県制覇への道 [2011年ライヴ履歴]

『 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 』
4月・5月・6月のスケジュール発表。

1月の川崎を終え2月は休養、3~4月に4本のバースデーライヴを開催した後、再び全国各地をギター1本を抱えて走り回る。

1月のコミュニティーラジオゲスト出演の際に、うっかり発言してしまった「47都道府県制覇」が現実味を帯びてきた。
久しぶりに訪れる土地もあり、今年も西から東まで全国を駆け回る勢いは、47都道府県制覇への決意の表れか…。

もう、後には引けない…引かせない。
やるしかない。



【 沢田聖子 Live Tour 2010-2011~幸せを探そう~ 】
      2011年ライヴ履歴・スケジュール ※9月19日現在

北 海 道 :平成23年9月17・18・19日
青 森 県 :
岩 手 県 :平成23年7月8日
宮 城 県 :平成23年7月9日
秋 田 県 :
山 形 県 :
福 島 県 :平成23年7月31日
茨 城 県 :
栃 木 県 :平成23年5月1日
群 馬 県 :平成23年10月23日
埼 玉 県 :平成23年4月30日
千 葉 県 :平成23年10月28日
東 京 都 :平成23年4月3日、5月22日、8月19日
神奈川県:平成23年1月17日、7月30日、11月24日
山 梨 県 :平成23年4月10日
新 潟 県 :
富 山 県 :平成23年9月25日
石 川 県 :平成23年9月24日
福 井 県 :
長 野 県 :平成23年4月9日
岐 阜 県 :
静 岡 県 :平成23年7月23日
愛 知 県 :平成23年3月20・21日
三 重 県 :
滋 賀 県 :
京 都 府 :平成23年7月3日
大 阪 府 :平成23年3月19日
兵 庫 県 :平成23年7月1日
奈 良 県 :平成23年5月5日
和歌山県 :平成23年5月6・7日
鳥 取 県 :
島 根 県 :
岡 山 県 :平成23年11月5日
広 島 県 :平成23年11月6日
山 口 県 :平成23年4月17日
徳 島 県 :
香 川 県 :平成23年6月4日
愛 媛 県 :平成23年6月5日
高 知 県 :
福 岡 県 :平成23年4月16日
佐 賀 県 :
長 崎 県 ;
熊 本 県 :
大 分 県 :平成23年10月10日
宮 崎 県 :
鹿児島県:
沖 縄 県 :平成23年5月26日

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バースデーライヴ千秋楽 [バースデーリクエストライヴ]

グランドピアノの鍵盤を叩きながら…

ギターの弦をストロークしながら…

時折大きくのけぞるように、天を仰ぐ姿が…

何度か見られた。


どんな想いが、頭の中に去来しているのか…

知りたい…と思うほど、目を閉じて、しなやかに天を仰ぐ姿…。


唄うことが、今の自分に出来ることと信じて…


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3月13日のバースデーライヴが延期となり、仕切り直しの東京公演。
体調を崩され喉のコンディションが良くない中、ファンのリクエストに応え、
精いっぱいの想いを歌に込めて…

この想いが、願いが、祈りが

この世の全ての人たちに、届くように…と。



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来歴 [はじめに]

『 PLAYLOG 』 というSNSで3年半、
シンガーソングライター沢田聖子さんの記事を綴ってきました。
そのSNSのサービスが2011年3月で終了となり、過去の記事をそのままこちらに移しました。

デビュー時からファンを続け、気がつけば32年。
お互いに歳を重ねましたが、当時と変わらぬ想いで沢田聖子さんはステージに立ち続け、
私もその後ろ姿を、追いかけ続けています。

沢田聖子さんをご存じない方、また、昔聴いていたけれど忘れてしまっている方に思い出してもらいたくて、気ままに綴っております。
これまでお付き合い頂いた方々もいれば、こちらで初めて訪れる方もいらっしゃるかと思いますので、改めて沢田聖子さんの簡単な経歴を記します。


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【沢田聖子】

・1962年3月13日生まれ、東京都中野区出身。
・生後11カ月で赤ちゃんモデルとしてデビューし、5歳の時に「パンシロン」のTV-CFで寅さんこと、故・渥美清さんと共演している。
・1979年5月25日、イルカオフィスより “ イルカの妹 ” のキャッチコピーで、シンガー・ソングライターとして『 キャンパススケッチ 』でクラウンレコードからデビュー。
 アイドル性を兼ね備えたシンガーソングライターとして注目され、以降の女性ニューミュージックアーティストのパイオニアとなる。
・2ndシングル 『 シオン 』 が代表曲となる。
・1982年リリース 『 卒業 』 がスマッシュヒット。
・1983年日本フォノグラムに移籍。
・1987年、自らの目指す音楽の方向性を見失い、音楽活動を休止。
・1988年、パーソナルオフィス「ショウコ・ミュージック・カンパニー」を立ち上げ、念願だ ったオフィシャル・ファンクラブも同時に立ちあげる。
・ライヴ活動を中心に、ラジオパーソナリティーやTVレポーター、舞台などで活躍。
・村下孝蔵とのジョイントライヴのツアーをきっかけに、ギターの弾き語りを本格的に始める。
・2005年4月9日に佐田玲子とのジョイントライヴをきっかけに、フォークユニット「THE4/9」を結成。
・2009年デビュー30周年を迎え、記念全国ツアーの後にパーソナルオフィスから独立。
 事務所と自らの音楽の方向性の溝が埋まらず、全てを捨てての決断であった。
・2009年11月から、独立後のライヴツアー「はじめの一歩」を開催。
・2010年9月11日、独立後の初アルバム 『 宝物 』 をリリースし全国ツアー「Live Tour 幸せを探そう」を敢行。
・2011年3月13日、東日本大震災の影響からバースデーライヴを延期。
・2011年、ライブツアー「 幸せを探そう 」を敢行中。


シンガーソングライターとして自らのスタイルを変えることなく、自分の唄を聴きたい人がいれば、その場所に行き、その人のために唄ってあげたい…というデビュー当時からの夢を追い続ける、生まれながらのライヴアーティストです。

                                     2011年4月



※ ブログ引っ越しにあたり、若干のリンク不具合のために手直し中の記事もあります。
  改行など読みずらい箇所がありましたら、ご勘弁ください。

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