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Leaf Resort Tour 2008 [イベントなど]

年2回、夏と冬に行われるファンクラブ主催の宿泊イベント
『Leaf Resort Tour 2008』が迫ってきました。
7月5~6日の2日間。

前回冬の『SPA!Tour』は、2月の中旬に静岡県焼津で…。

因みに昨年の夏は、全国ツアーが終了した次の週の8月下旬に、諏訪湖で行われました。

                           

今年は春から夏の全国ツアーがないため、早めの開催。
場所は、長野県の黒部ダム。
後立山連峰、立山黒部アルペンルートで知られる観光地。




例年妻も同伴なのですが、今年はどうしても外せない仕事が入り、久しぶりに私ひとりでの参加。
ファン仲間と久しぶりの相部屋になるので、四方山話に花が咲くのでしょう。


土曜日は聖子さんが山梨でのラジオ生番組を持っているため、どうしても山梨近辺になるのですが、今回の黒部…。
果たして集合時間に本人が間に合うのか…?
甲府からどのようなルートで現地に入るのか…。

様々な疑問があるのですが、おそらく聖子さん本人が「黒部に行きたい!」と言い出したのだと思われます。

この後、ニューアルバムのレコーディングのスケジュールが入っているため、色々な話を聞かせてくれるのでしょう。

嫁さんは聖子さんに大変気に入られていて、私と待遇が明らかに違い、いつも歯ぎしりすることしきり…
その嫁さんもいないことだし、思いっきりアプローチ出来そうで…。

親愛なるCD達 [想い いろいろ]

収拾がつかなくなっている山積みのCD等のソフトを整理。
我が家には3台のラックがありますが、すべて満員御礼…。
レコード・ビデオ・カセット・LD・DVD…。

とりあえず、一番大切な方の物から…。

改めて整理してみてビックリ…。
こんなに買ってたの……?
こんなに同じものがあったの…?

その時その時、1枚1枚、諸般の事情によって手に入れた物…。
お金では代えられないものの為だったとは言え、よくここまで…。

同じ物を並べると、壮観な眺め…。
その中の、ほんの一部…。

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今までのアルバム、どれも最低2枚は必ずあるはず…。
サイン会などで購入したもの…。
中古店で並んでいるのを見て、いたたまれなくなって連れて帰ってきたもの…。

すべて大切な宝物。

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2008 Forever Live [Forever Live]

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6月24日(火)東京は吉祥寺のライヴハウス「スターパインズカフェ」にて、
村下孝蔵さんの追悼ライヴが行われる。
村下孝蔵さんの命日。

村下さんの楽曲を唄うこのライヴ、聖子さん本人の楽曲は『親愛なる人へ』の1曲のみ。
現在リハーサル、猛練習の真っ最中。
高度なギターテクニックが求められる数々の楽曲、
サポートの坪井さんですら悲鳴を上げる楽曲揃い…。

http://inmyheartconcerttour.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_bbc7.html

1996年に、東北地方を中心に村下さんとのジョイントライヴのツアー行い、
当時はキーボード中心だった聖子さんがギターの魅力に魅せられ…。
公私ともに親交が深まり、聖子さんの音楽に多大な影響を与えてくれた村下孝蔵さん。

村下さんが亡くなり、本格的にギターを手にするようになった聖子さん。
村下さんに捧げる『親愛なる人へ』は、初めてギターで創った楽曲。
その曲に込められた想いは、誰にも入る余地はなく…。

http://inmyheartconcerttour.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_13c1.html

村下さんの使っていたギターと同じ物を…こんな想いから、
"YAMAHAのコンパス"をずっと愛用していた聖子さん。

今年、"YAMAHA LS36"を新たに購入し、愛用し続けてきた"コンパス"は…。
村下さんの享年と同じ年齢になった今年、新しいギターを手にすることに…。
聖子さんの想いはどこに…。



この日のライヴはいつも足取りが重く、帰り路も…。
ステージの聖子さんの想いは、彼女の瞳の中には…。
眼を伏せるその先、会場を見上げる彼女の視線の先には…。


自己嫌悪に陥る、6月24日。
また、今年も…。
                      2008 6/19

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【 追 記 】
6月24日 ライヴ前

いよいよ練習の成果を見せる日が…。
村下さんの享年と同い年になった今年、今までの追悼ライヴとは違った心境なのでしょう…。
辛いですけれど、しっかりと見守らせていただきます。

今日の追悼ライヴ、個人的に注目していることが…。
6月1日横浜での「THE4/9」の追加公演の際、聖子さんは新しいギターの"LS36"ではなく、以前の"コンパス"を使っていましたね。
5月の「デビュー記念ライヴ」では、真新しいギターをあんなに嬉しそうに弾いていたのに…。

聖子さん…。
今日はどっちのギターを弾くのですか…?

今日、何かを乗り越えようとするのか…
それとも……忘れられない…と…。


【 追 記 】 
6月24日 ライヴ終了後

平日にもかかわらず例年よりお客さんが多く、聖子ファン以外のお客さん、普段あまり見かけないお客さんも多かったような…。
村下さんの変わらぬ人気を改めて実感…。

物販でこの日限定で発売していた「Forever Live」のロゴ入りTシャツ(白)に、白のロングスカートで登場。
19時05分頃スタート。

例年通り、譜面に目は釘付け…客席を見渡す余裕はなし。
演奏で手一杯の様子で、気の利いたジョークもほとんどなく…。
チューニングの最中も無言…。
サポートの坪井君も自分のことで精一杯のようで、MCを振られても言葉少な…。
客席も、ステージ上の聖子さんの一挙手一投足を静かに見つめ…。
緊張感溢れる追悼ライヴでした。


予想の一つに入っていましたが、ギターが2台ステージに…。
"コンパス"と"LS36"。
ただでさえ演奏に集中しなければならないこの日、
2台のギターを使い分ける余裕があるのか…とちょっと心配に…。

村下さんから「5・6弦は、少し低めが良い」と生前に言われたことがあり、
当時は何の事だか分らなかったのが、今では良く分かる…
と言いながらチューニングをする場面が…。
フレット、弦に目を落としながら、チューニングしながらも、きっと村下さんのことを…。

大切な曲、馴染み深い曲では"コンパス"を弾いていたことから、
やっぱり簡単には手放せないギターなのだな…と。


そのギターは、貴女の一生の想い出、一生の宝物なのですね……。


在りし日の村下さんの話の最中、
「もっといろいろギターのことを教えてもらえば良かった…」と呟きながら…"コンパス"に目を落とし……。
愛しそうな目で、寂しそうな目で……。

ステージに飾った村下さんと写した写真に、時折、視線を向けて…。
その仕草は憂いを帯びて……。

これからも毎年、この日が来るたびに私は、身を焦がす想いに…。
この日だけは、仕方ない…と言い聞かせても…。


1979-1983 BEST SELECTION [初期クラウン時代]

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『1979-1983 BEST SELECTION』

1984年3月20日リリース、クラウンレコードからのベストアルバム。
2枚組全24曲収録。

各SIDEは、4枚のオリジナル・アルバムとほぼ同時期ごとに分けられており、
初期沢田聖子のスタンダード・ナンバーがほとんど網羅されている出色のベスト盤。
レコード盤は見開きのジャケットシングル『星空のメッセージ』の時の別ショットを使用。

1984年のCD盤では12曲の1枚で発売され、1997年クラウンレコード復帰後に、
いわゆる「廉価盤」でレコードと同内容の24曲として再販されている。
出て行く時には " 不完全 " 盤を発売し、帰ってきた時に " 完全 " 盤を再リリースすることに
眉をひそめたのは、私だけか…。

聖子さん曰く、「私が知らないうちに発売されていた…」ベストアルバム。
フォノグラムに移籍後のリリースだったため、契約枚数消化のための1枚だった事が分かる。
レコード会社移籍が事務所の意向であり、契約満了前の路線変更によるものだったことも分かる。
そのため公式のアルバムディスコグラフィーに、このベスト盤はカウントされていない。

ただファンが聴くアルバムとしては秀逸で、沢田聖子の入門書と言っても過言ではない。
この時期の楽曲を聴かずして、沢田聖子を語ることは出来ない。
80年代に、きら星のごとくデビューした " 新しい女性シンガーソングライター " 達の
黎明を知ることが出来る。
沢田聖子のデビューなくして、80年代の女性アーティストの隆盛はあり得ず、
ニューミュージック・シーンを大きく変えた女性であったことを再認識できる1枚。



SIDE 1
  『 キャンパススケッチ 』
  『 坂道の少女 』
  『 17歳の感傷 』
  『 星空のメッセージ 』
  『 ミモザの下で 』
  『 シオン 』
SIDE 2 
  『 春 』
  『 バクの夢 』
  『 いつか君に 』
  『 こんな静かな夜は 』
  『 遠い街に憧れて 』
  『 青春の光と影 』
SIDE 3 
  『 雨の日のサンシャイン
  『 走って下さい 』
  『 春眠 』
  『 輝く風のように 』
  『 ぬけがら 』
  『 卒業 』
SIDE 4
  『 青春エピローグ 』
  『 さよなら貴方 』
  『 ドール・ハウス
  『 ボヘミアン 』
  『 ラスト・バケイション 』
  『 流れる季節の中で 』


『星空のメッセージ』のジャケット写真をはじめ、このシリーズの聖子さんはどれも良い表情をしている。
秋の夜空を思わせるジャケットだったため、モノトーンに近い色遣いが秀逸。
そして、夜空に輝く星をイメージした襟元の"山吹色"が、目に焼きつくほど鮮やかで印象的。



瞳の先に… [想い いろいろ]

まだ10代の頃、都内でのコンサートがはねるとタクシーに乗せられ自宅へ直行していた聖子さん。
1時間もしないうちに自分の部屋に帰り…。
いつものように、日常の生活に戻る…。

  " さっきまでのことは、現実だったの…?"


お客さんが引いた会場を、スタッフが手際よく撤収する光景を一人
淋しそうに眺め…
次々に片付けられていく機材…
何もなかったように…
そこに残るものは、夢と熱い想いだけ…。

終わってしまった時間…。
二度と戻らない瞬間…。

  " さっきまでのことは、夢まぼろしだったの…?"


    コンサートが終わった後の
    誰もいないステージ
    靴音が微かに響くだけ
    静寂に包まれる

    押し寄せる拍手や歓声も
    きらめくライトの波も
    まるで うたかた
    一瞬の幻に思える


自分の夢が壊れていくような…
一瞬の輝きが、一瞬にして消えていくような…
大切なものが失われていくような、切なさなのか…。

彼女の想いは、誰にも知ることはできない…。

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ライヴ終了後、ステージを背にして客席に身体を向けると…
聖子さんの見ていたものが、目に飛び込んでくる…。
向けられていた視線の先にあるものが…。

あの時の瞳の輝き…。
猫の目のようにクルクルと変わる瞳の輝き、表情…。
誰にも知ることの出来ない彼女の心に、ほんの少し近づくことが…。

聖子さんの瞳の先にあるもの…。

その瞳の先にいる人…。

都会人 [フォノグラム時代]

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『都会人』
作詞:売野雅勇 作曲:西木栄二 編曲:渡辺博也

1984年4月25日11枚目のシングルとしてリリース。
「日本フォノグラム」移籍第二弾のシングルは、沢田聖子レコード会社の命運をかけているのでは…と思わせるほどの力の入れよう…。

各放送局への見本盤とともに配られたステッカー、レコード購入者用としてレコード店に配布されたステッカーの2種類を作成し、裏面にはラジオのリクエスト番組名をあからさまに列挙し…。
東京最大手の私設ファンクラブに対しても組織票を要請し、番組を指定して集中的なリクエストを、という根回しも…。

中部地区を中心としたTV・ラジオへのゲスト出演、音楽雑誌への販売攻勢は目を見張るものが…。
この時期の音楽雑誌への露出度は群を抜いており、どの時代にも見られない質と量…。
本気で"大ヒット"を狙った1曲でした。

作詞の売野雅勇氏は、当時、秋元康・松本隆・森雪乃丞らと並び多くの大ヒット曲を手掛けた超売れっ子作家の一人。
河合奈保子・堀ちえみ・荻野目洋子・郷ひろみ・石野真子・中森明菜・菊池桃子・吉川晃司・稲垣潤一・チェッカーズ・矢沢永吉・伊藤銀次など、その顔ぶれは80年代を代表するアイドル歌手、アーティストばかり。

その上げ潮にあやかろうとしたのか、それまでの沢田聖子の音楽とは全く無縁と思われた"氏"の起用は、製作サイドの思惑とは裏腹に、ファンの予想通りの結果に…。

楽曲としてのクオリティーとしては決して悪くなく、むしろ他のアイドル歌手が唄えば、それなりに輝くと思われる良質の歌謡曲。
スピード感、ドライブ感溢れ、今聴いても決して古臭さは感じられない…。


当時"ドル箱"と言われた沢田聖子を、レコード会社を代表するアーティスト、スターに育てようとしたのか…。
更なる飛躍を…と。

それまでの5年間で築き上げてきた沢田聖子の音楽、歩んできた足跡を見誤り、そしてファンを甘く見た結果の、完膚なきまでの惨敗でした。


 ルージュなんてお前に似合わないと
 本気で怒鳴るひとが懐かしくて
 故意(わざ)とあなたの前で科をつくる
 心変わりはお互い責められないわ

 都会(まち)はいつもそんなふうに
 愛を試す振りで
 愛を壊しにかかるわ

 いいわ私 振っていいわ
 芝居上手な都会の人演じながら
 サヨナラ聞くつもり…

 二人同じ時代(とき)を生きてきたのだから
 夢棄てる時も一緒よ

 不器用に生きること恥ずかしいと
 馬鹿な子たちがふえているけれど
 流行りのカフェ・バーで胸の傷
 もし消せるならこんなに苦しまないわ

 都会(まち)の夜が明るいのも
 心の暗がりを
 見るのが怖いからでしょう

 いいわ私振っていいわ
 芝居上手な都会の人演じながら
 サヨナラ聞くつもり…

 もしも頬に涙落ちた時はあなたも
 上手く見ない振りしてね
 
 

 [フォノグラム時代]

"雨"をモチーフとした曲は、この世にどれだけあるのか…。

世界的な名曲だけでも、その数は数え切れず…。
おそらく、どんなアーティストにも必ず"雨"を題材とした楽曲があり、そしてその人の名曲とされる作品があるはず…。


雨は、人の心に不思議な問いかけをしてくる…。
雨粒に想いを映し、雨音に心揺らし、雨に煙る街並みに自分の姿を投影し…
雨足の激しさに、募る想いを重ね合わせ…。
水たまりに映る姿は、何も隠すことのできない自分の姿が…。
問いかけに応える時、その想いは雨の雫より光り輝き、雨音の調べより心に染み入る…。

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沢田聖子さんの楽曲で"雨"をタイトルとしたもの、意外と少ない…。
500を超えると言われている楽曲の中で、8曲。
自身のオリジナルに限ると、4曲。

ただどの4曲も、込められている聖子さんの想いは生半ではない…。
普段見せることのない、哀しげに独りたたずむ後姿が…。

何に、惑うのか…。
何に、心揺らされるのか…。
何に、心動かされるのか…。
何に、その視線は向けられるのか…。
誰に、その想いを伝えたいのか…。
何を信じて、貴女は歩いているのか…。

引き潮のように、満ち潮のように移り変わる心模様…。
それは空を流れる雲のごとく…。
雨雲の隙間から差す一筋の陽に、聖子さんが見るもの…。
雨雲から一瞬差す陽の光のような、聖子さんの心の内が…。

雨の日の…今日は、忘れよう…。
壊れそうな夢を、もう一度…。
雨が上がったら、もう一度、自分らしく…。



『雨よ流して』
  作詞作曲:沢田聖子 編曲:石川鷹彦
  1979年5月25日 シングルキャンパススケッチ』C/W曲

『雨の日のサンシャイン
  作詞:中里綴 作曲:沢田聖子 編曲:渡辺博也
  1981年9月5日 シングル曲

『雨を聴いた』
  作詞:佐藤ありす 作曲:桐ケ谷仁 編曲:渡辺博也
  1985年12月1日 アルバム『夢のかたち』収録曲

『雨』
  作詞作曲:沢田聖子 編曲:町支寛二
  1989年5月10日 アルバム『SOUVENIR』収録曲 

『雨ノチ晴レ。』
  作詞作曲編曲:沢田聖子
  2004年5月21日 シングル曲

やさしい雨の中』
  作詞:大沢孝子 作曲:西木栄二 編曲:渡辺博也
  1984年5月21日 アルバム『風の予感』収録曲

『YOKOSUKA RAIN』
  作詞:売野雅勇 作曲:西木栄二 編曲:渡辺博也
  1984年5月21日 アルバム『風の予感』収録曲

『Lonely September Rain』
  作詞作曲:沢田聖子 編曲:岡崎倫典
  1991年6月1日 アルバム『Acoustic Summer』収録曲

1984年 5TH ANNIVERSARY [初期クラウン時代]

1984年 5回目の春。
沢田聖子初めてのアニバーサリー・イヤー。

前年、当時ヒットチャートを賑わすアーティストを数多く抱えていた「日本フォノグラム」に移籍。
シングル、オリジナルアルバムを立てつづけにリリースした年は、
後にも先にもこの1984年だけ。
オリジナルアルバム2枚、ベストアルバム1枚、シングル2枚。
「さすが"フィリップス"…」と当時思ったことも…。

まさに人気絶頂の時代。
この時期にシングルヒット1曲出ていれば、今の沢田聖子は絶対にあり得なかった、
と言っていいほど…。

★3月20日
クラウンレコードから、2枚組ベストアルバム『1979~1983 BEST SELECTION』をリリース。
クラウン時代の名曲24曲を収録。
初めての2枚組、見開きジャケットという豪華なアルバムで、
ファンにとっては嬉しいプレゼントでした。

聖子さん自身は、「私が知らないうちに発売されていた」と言っていることから、
レコード会社と事務所の思惑が絡んだ発売だったことがわかります。
そのため、アルバムのディスコグラフィーのカウントにも含まれていません。
ただファンにとっては、クラウン時代最後の贈り物でした。

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★4月25日
オリジナルアルバムの先行シングルとして『都会人』をリリース。
当時の売れっ子作詩家の " 売野雅勇 " を起用し、レコード会社が一丸となってシングルヒットを狙った1枚。
その攻勢は圧巻で、ラジオのリクエスト番組への組織票をファンに求め、
更に番組名まで指定しての念の入れよう…。

当時流行った"シンセドラム"を多用し、明らかに歌謡曲路線でのイメージ変更を目論んだ曲にファンにそっぽを向かれ、ヒットすることもなく…。
後に嘲笑される話題にもなってしまった哀しい1曲。

この曲をロングスカートでスタンディングで唄うTV出演もあり、
当時の聖子さんの心境を想うと、胸が痛む映像も…。
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★5月21日
オリジナルアルバム『風の予感』をリリース。
この時期のアルバムとしては最も評価が低く、このアルバムで離れたファンも多い…
とされる1枚。

タイトル曲『風の予感』は聖子さんのオリジナルではないものの、
さわやかな楽曲で今も人気の高い1曲。
「なぜこの楽曲を先行シングルにしなかったのか…」
アルバムがリリースされてこの曲を聴いたとき、当時のファンのほとんどが同じことを思ったはず…。

現在このアルバムのCDを探し出すことは至難の技で、再販の物すら手に入れるのは難しく、
高値も付く1枚。
いかに当時、このアルバムが出回らなかったか…CDで買い直すファンが少なかったかが…。
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★7月25日
5周年記念スペシャル・ミニアルバム『INGENUE』をリリース。
インストロメンタルを含む全6曲入り。
当時人気があった「アンジェーヌ」というキャラクター商品とタイアップし、
沢田聖子のイメージ・キャラクターとしての定着も目論んだ逸話も…。

ブルーの透明なレコード盤、オリジナルレーベルを起用し、
青一色で統一されたセンスあるアルバムでした。
オリジナルアルバム『風の予感』がいま一つ心に響かない感のあったファンにとって、
宝物のように大切にしたアルバム。
中古店でたまに見かけますが、他のアルバムに比べて保存状態の良い物が多く、
当時のファンが如何にこのアルバムを大切にしていたかが伝わってきます。

この時の版権が皮肉にもこのアルバムのCD化の障害となり、
レコードでしか聴くことの出来ない楽曲が3曲含まれています。
そして、インストロメンタルからフェードインし、フェードアウトせずに終わる『あなたからF.O.』のオリジナルを聴くことが出来るのも、このレコードのみ。
現在もCD化を熱望する声が高いものの、「日本フォノグラム(フィリップス)」が統合されてしまった現在、同じ形での再販は絶望的。
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★7月29日
2月から敢行していた26か所の全国ツアーの千秋楽、東京日比谷野外音楽堂で台風一過の青空のもと、沢田聖子最大のビックイベントとしてツアーファイナルを…。
あの"日比谷野外音楽堂"を、立ち見が出るほどの満員にした当時の人気…。
あの日のステージを、今も懐かしそうに口にする聖子さん。
大切な1日でした。

初めて"コンサート・パンフレット"が会場で発売され、装丁・紙質・どれをとっても絶品で、
当時のバブル期の贅沢さがうかがえる1冊。
事務所のアーティストへの愛情も伝わってくる1冊。
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★12月1日
アルバム『INGENUE』からのシングルカット『あなたからF.O.(フェードアウト』をリリース。
アルバムリリース時から評価も高く、ファンからも絶賛の嵐だった1曲。
聖子さん自身が"フォノグラム時代の代表曲"と言うほどの出来栄えの良さ、人気の高さを誇る楽曲。
特に女性からの支持が高く、当時の聖子さんの女心を見事に映し出した第一級の名曲。
ステージでも数え切れないほど唄い、先日のデビュー記念ライヴでも久しぶりにピアノの弾き語りで…。

約10年後、この楽曲をリテイクし、オリジナルアルバム『海からの贈り物』に収録した
、聖子さん自身の思い入れも強い1曲。
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以降、何回かのアニバーサリー・イヤーを迎えてきているものの、この年を超える年はありません。
ファンとアーティスト、事務所、レコード会社の思惑が複雑に絡み合った年でもあり、
慌ただしい年でした…。
ファンにとって、たまらない1年でした。

そして苦い思い出もいくつか…。
そして、当時の聖子さんのことを思うと…
ただ振り返ると…とても懐かしい、いい時代でした…。
もう一度…と。

私にとっても5回目の春…。
複雑な想いの入り混じった1984年。

30周年に向けて… [想い いろいろ]

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夏のレコーディングがほぼ決まり、秋から年明けにかけてニューアルバムを引っ提げての
全国ツアーを敢行…という情報が…。
「THE4/9」のライヴもしばらく休み、とのことで、
本格的にソロとしての活動に専念するようです。

来年のデビュー30周年に向けて、ようやく具体的なスケジュールが見えてきて、
いよいよ"アニバーサリー・イヤー"が現実味を帯びてきた。

春先に、ここ数年恒例となっていた春から夏にかけての全国ツアーが予定されていないことを知らされ、ファンの間では様々な憶測が飛び交っていました。

4月から始まった月曜日のラジオの生番組が、ツアー回避の大きな理由なのでは…?
ツアーを行わないために、月曜の生番組を取ったのか…。

30周年の"プレ・イヤー"の今年、否が応でもファンの期待が高まるのは当然のこと…。
まったく白紙状態だったここ数か月、心配するな…というのが無理な話…。

先月25日のデビュー記念ライヴ。
あの瞳は、あの寄り添うような語り口は、あの笑顔は…。
聖子さんにとっては、精一杯の想いを私達に伝えるためのプロローグだったのですね…。

そしてここ数日、何も綴ることができなかったのは、
この日が来るのを予感していたからなのか…。
聖子さんが、「あと少し、待ちなさい…」と言っていたのか…。

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