So-net無料ブログ作成
検索選択

二人の " 聖子 " [二人の聖子]

1980年4月、沢田聖子デビューの約1年後、もうひとりの「聖子」が鮮烈なデビューをします。
「ポスト山口百恵」と呼ばれた、80年代を代表するモンスター・アイドル。
シングル24曲連続ヒットチャート1位という金字塔も打ちたて、
様々な流行語まで創られた伝説的アイドル歌手。

今もなお多くのファンを持つ息の長さも驚異的。
「もう一人の聖子」は、本家「聖子」をあっという間に吹き飛ばすほどの強烈な旋風を巻き起こした。

『 沢田聖子 』
『 松田聖子 』
本名と芸名という違いはあれど一文字違い、誕生日が3日違いの同い年、デビューが1年違い。
「比較をするな」というのが無理な話で、デビュー当時は何かにつけて比べられました。
アイドル歌手とシンガーソングライターというジャンルの違いが、一層拍車をかける要因にもなったようで…。

名前が似ているだけで、違う路線を歩んでいる相手を本人もファンも意識することはなかったのですが、やはり比較されることが多かった時期、辛い思いをした…。

「さわだせいこ」
沢田聖子ファンが一番聞きたくない名前。
知らずに呼ぶ人、知っていながら呼ぶ人。
「さわだせいこ・・・?知らないね。」
という台詞を何度聞いたことか。
肩身の狭い思いをしたこと、一度や二度ではなかった。

ヒット曲に恵まれなくても、いつまでも唄い続ける息の長いシンガーであってほしい…
と願ったファンですが…。
やはりメジャーになって多くの人に知ってもらいたい…
彼女の唄をたくさんの人に聴いてもらいたい…と思うのは仕方のないこと。
ファンも聖子さんもそのジレンマに苦しみ、彷徨った時期がありました。

レコード会社はヒット曲に向けての販売戦略に躍起になり、
聖子さんの音楽はどこに向かっているのかわからなくなり…。
音楽活動の一時休止という道を選びましたが…。

『 私の夢は、唄うことから始まる… 』

こう言って戻ってきてくれた聖子さん。
紆余曲折を経て、やっと自分の目指す音楽にたどり着いた聖子さん。
「 もう人の評価なんて気にしない、唄が好きだから唄い続ける… 」
と頼もしいことを言えるようになった聖子さん。

200246427.jpg

沢田聖子・松田聖子、共に45歳。
お二人とも今もステージに上がり、多くのファンを魅了する輝かしい女性です。
流行り廃りの激しい世界での音楽活動…。
唄うことへの情熱、ステージに上がることの喜び、そしてファンへの熱い想いがなければ、
今日まで続けることは出来なかったでしょう。

二人の「 聖子 」に大きな拍手を贈らないではいられません。

nice!(2)  コメント(12)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

バクの夢  [初期クラウン時代]

200236921.jpg

『バクの夢』 
作詞作曲:沢田聖子 編曲:渡辺博也

アルバム『青春の光と影』収録。
軽快なメロディ、客席に呼びかけるメッセージ色溢れる詩、
沢田聖子初期のドライヴ感溢れるライヴ向けの代表曲。
弾けるようなスピード感もあり、当時はコンサートの序盤やアンコール等での盛り上がりに
最適の楽曲で、頻繁に唄われました。

当時の聖子さんのコンサート、ステージそしてファンへの想いを知ることが出来る貴重な1曲です。
自らを「夢うり」自らの唄を「倖せの唄」と称して、
ファンへ届ける架空の動物「バク」に自分を準える、微笑ましい1曲でもあります。

この楽曲は、後年に「会場のみんなと一緒に唄える曲を」という思いから創られた『友達』の原点でもあります。
いわゆる沢田聖子の「元気ソング」の出発点です。

http://www.youtube.com/watch?v=as-b4k8oMLA

   悲しくてもつらくても 
   口びるに唄をのせて
   心の春を見つけてる
   夢をどこかへ落とした人は
   わたしの所へいらっしゃい

   あなたにあげたい倖せの唄
   わたしは夢うり
   わたしはいつでも夢をたべて
   明日を待っています
nice!(0)  コメント(20)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

落葉の部屋 [初期クラウン時代]

200246408.jpg

『落葉の部屋』 作詞作曲:沢田聖子 編曲:渡辺博也

シングル『春』のC/Wとして収録。
今もライヴでのリクエストが多く、人気の高い楽曲のひとつ。
「隠れた名曲」と当時から囁かれたものでした。

うがった言い方をすれば、男性心理をくすぐる好まれやすい詩。
自分を詩の中に置き換えやすい、お手軽なシチュエーションです。
嫌いな楽曲ではないのですが、素直に「名曲」と言えません。
詩の狙いが見えすぎてしまっているようで・・・。

ストリングスとピアノで始まるイントロダクション、低音が心に響く良い出足です。
間奏から入るクラリネットが、この楽曲に一層の味わいを添えます。
後半、急にエレキギターとドラムが入り、間奏はエレキギターのソロ。
エンディングもエレキギターが前面に出てきて、やや耳障りな感が・・・。

当時聴いた時から、ギターのソロがどうにも余計な音に感じています。
ストリングスと管楽器、ピアノで充分に仕上げることが出来る曲ではないか・・・と。
後半の盛り上げ方も、使い古された常套手段のようで・・・。
好みの問題なので、あまり言及は出来ません。
素材的には良い曲なのですが、アレンジが自分の好みではなく、琴線に響かない印象があります。

リクエストが多いため、ライヴでもたまに唄われます。
聖子さん自身のこの楽曲への想いは、あまり話されません。
枯れ葉の絨毯を歩きながら、ふと浮かんだ情景を思い描いたのか・・・。
自身の思い入れより、ファンの要望に応えて唄っている楽曲なのかもしれません。

アルバムではA面の最後の曲ですので、初期の秀作であることに間違いはありません。

    街角で逢ったあの人
    軽くほほえんで
    通り過ぎた私の心の片方を
    預けた様に気になってます
    話上手じゃなさそうだけど
    
    心で聞いてくれそうで
    こんな落葉の中で逢いたい
    話し上手じゃなさそうだけど
    心で想ってくれそうで・・・
nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

 [初期クラウン時代]

m_200246051.jpg

『 春 』 作詞作曲:イルカ 編曲:渡辺博也

1981年3月25日5枚目のシングルとしてリリース。
イルカさん自身の1stアルバムに収録しており、イルカファンには馴染み深い楽曲です。
B面が秋を舞台とした楽曲のため、「季節感がぐしゃぐしゃ」なシングル、
と聖子さん自身がよくおっしゃっていました。

ジャケットポスター用の写真を流用していること、A・B面共に1ヵ月後にリリースされる2ndアルバムに収録されていること。
アルバム発売の先行シングルとしては、やや地味な印象がある選曲。
当時から、このシングルの意図が今ひとつ伝わってこない感がありました。

アイドル歌手顔負けの、真正面からのカメラ目線のジャケット。
それでいて聖子さんの瞳はどこか遠くを見ているようで、こちらの内面まで見透かしているようで・・・。
何かを語りかけているような瞳が魅力的で、強烈な輝きを放っています。

イルカさんの『春』とは全くイメージの違う、ポップでリズム感溢れるアレンジ
シンセサイザーが印象的な曲です。
イルカさんと聴き比べると、同じ曲でもアレンジによってこれほど変わるものなのか・・・と感じます。

イルカさん特有の、春風の香りのする楽曲。
そして、イルカさんの詩に出てくる女性に共通する、
わき目もふらずに突っ走る燃えるような熱い恋心。
素朴な詩ですが、秘める想いは身を焦がすほど・・・。

思春期に綴られたイルカさんの熱い想い・・・
妹分の聖子さんが、再び灯を燈しました。

    春 早く来てね私の所へ
    あの人の所へとどけてあげたい
    どうしてなぐさめたらいいの
    男の人の心を

    春が来てくれたら私におしえて
    あの人の所へそっと置いてくるから
    一人ぼっちじゃないと
    わかってほしい

    春 早く来てね私の所へ
    忘れられた小枝の様に私は待っている
    つばさをひろげて
    あの人が飛んで来るから
nice!(0)  コメント(23)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

17才の感傷 [初期クラウン時代]


『17才の感傷』 作詞作曲:沢田聖子 編曲:木田高介

1stアルバム『坂道の少女』収録。
17歳の春にデビューされた聖子さん。
まさに17歳の聖子さんの想いが切々と綴られています。
シンガーとしての想いではなく、一人の少女としての想いが。

勝手な推測ですが、初期の初期に書かれた作品だろうと思います。
等身大の素直な表現、というより拙さの残る言葉の数々・・・
韻や季語などを敢えて気にせずに綴ったのか、文章に近い日記のような表現。
他のオリジナル『みどりの頃』『春の娘』『雨よ流して』『はにかんで私』
『さよならも言わずに』と比べると、一層よくわかります。
17歳の今しか感じることの出来ない想いを、ストレートに文字にしているような・・・。

17歳の聖子さんの忘れ物、置き忘れてきてしまった物は何なのか・・・・?
この曲を聴いた時、私も17でしたが、わかりませんでした・・・。
『さよならも言わずに』にしても『春の娘』にしても、男には絶対にわからない感性を女性は持っているのだな・・・・と感じたものです。

当たり前のことですが、17歳のこの時にしか書けない貴重な1曲です。

    ついこの間まで確かしっかり持っていた
    大切な私の宝物
    どこかに置き忘れてしまった
    記憶をたどってみるけれど
    いつも行きどまり
    同じところを言ったり来たり

    誰か私の忘れ物に
    気づいた方はいませんか?
    拾った方 どうぞ届けに来てください
    あなたにはつまらない物だけど
    私にはなににもかえられない物ですから

雨の日のサンシャイン [初期クラウン時代]

m_200245540.jpg

『雨の日のサンシャイン
作詞:中里綴作曲:沢田聖子編曲:渡辺博也

1981年9月5日6枚目のシングルとしてリリース。
初めて自身の作曲がシングルのA面になった記念碑的シングル。
アルバムには収録されず、CD化以降も数枚のベスト盤に収録されているだけなので、
認知度がやや低い楽曲。
ジャケットは、上目使いの鋭い視線。
硬く閉じた口元からも、彼女の本来の性格が現れています。
今までのかわいらしいイメージを払拭するような表情と、秋をイメージした色合いのジャケット。

故・中里綴さんの詩は、中学生の時の聖子さんの初恋をモチーフとしたものです。
中里さんが直接聖子さんから訊いた想い出話を参考にしているので、
バス通学だった聖子さんの当時の状況が、ほとんどそのまま詩になっています。

3年目に入ったこの年、2枚のアルバムはベストテンに入り、コンサート会場はどこも満員。
飛躍の時が訪れたと、レコード会社も事務所も判断したのでしょう。
このシングルを境に、沢田聖子の音楽性が変わり始めた年でした。
この曲も今までのシングルとは違い、敢えてジャンル分けをすれば「歌謡曲」に近い
キャッチャーな詩とメロディ・ラインになっています。
明らかにスマッシュ・ヒットを狙ったシングルでした。
ジャケットと同じサイズの「ピンナップ」を付けたことからも、
表立ったセールスを意識し始めたことが窺えます。


デビュー前、故・神部社長が「打ち上げ花火のように3年で終わらせることも出来るし、イルカのように息の長いシンガーになる方法もある。どちらを選ぶか・・・」と聖子さんに選択させたそうです。
イルカさんをソロのシンガーとして成功させた神部さんのプロデューサーとしての手腕を持ってすれば、聖子さんがどちらを選択してもそれを実現させることは可能だったでしょう。
3年目に入り知名度も人気も高くなったこの年、自身の作曲でヒット曲を・・・という製作サイドの戦略が見え隠れしていました。

この曲の約4ヵ月後に新曲がリリースされます。
それまでで最短期間のリリースになります。
いかにこの時期、レコード会社や事務所の期待が大きかったかがわかります。

この時期、名古屋出身の「とみたゆう子」というアマチュア時代からその才能を有望視されていたシンガーソングライターが全国区になり始め、同じレコード会社ということもあり、比較をされていた時でもありました。

それまで右も左もわからず、無我夢中に走っていた聖子さん。
周りが見え始めたのも束の間、先の見えない迷宮の入り口に足を踏み入れていることに初めて気づいた頃かもしれません。

発売前に初めてFMのエアーチェックでこの曲を聴いた時、「これで売れてしまったら・・・」と複雑な気持ちになったことは忘れません。
ヒットを予感させる、口ずさみやすく軽快なメロディ。
発売を心待ちにしたことと同時に、何とも言えない不安を抱いたこと・・・。

楽曲としては大好きな曲で、何度聴いても飽きない、琴線に触れる楽曲です。


   I love あなたが好き love 
   私のこの気持ち うちあけたくて
   New love 思いっきりの love
   手紙につめた きっと渡すわ
nice!(0)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

星空のメッセージ [初期クラウン時代]

m_200233506.jpg

『星空のメッセージ』
作詞作曲:イルカ 編曲:渡辺博也

1980年9月25日、4枚目のシングルとしてリリース。
数年前、聖子さんがこの楽曲を「今では絶対に見つけることの出来ない稀有な楽曲」と評していました。
そして当時は、「聴けば聴くほど味の出る曲。何度も何度も繰り返して聴いてほしい。」とおっしゃっていました。

ストリングスの奏でる音色が印象的で、聖子さんのスキャットと見事にマッチしています。
10代の幼さの残る淡い恋心、募る想い、夜空を見上げる切ない気持ちがひしひしと伝わってくる詩です。
イルカさんならではの、純粋な切ないラブ・ソングです。
聖子さんの楽曲の中では、つい埋もれがちになってしまいますけれど、デビュー当時の秀作です。
この曲を聴くと、秋が深まる季節を思い出します。
2~3年前のライヴで、久しぶりにピアノの弾き語りで唄ってくれて、涙なしには聴けませんでした。

このシングルはリリースの日が私の誕生日で、当時レギュラーを務めていたラジオの生番組でリクエスト葉書を読んでいただき、「おめでとう」コールまでいただいた想い出の楽曲です。

余談ですが、このジャケット、聖子さんは「便秘に苦しんでいるような表情だ・・・」と言ってたことがありましたが、私は好きなジャケットの一つです。
ちなみにジャケットのタイトル位置にある星座は、もちろん『うお座』です。
   
   私はあなたを あなたは私を好きなのに
   どうしてどうして オトナの人達引きさくの?
   初めて目と目があってから
   お話しするまで
   とても勇気が必要な二人だったのに

   どんな事でもかくさず言える人だったのに
   くじけそうな心をいつでも支えてくれた
   窓ごしに吹くそよ風は
   あなたの心みたい
   私のなみだやさしくぬぐって消えた
   
   もしも私が男に生まれていたとしたら
   きっと私達すてきな友達でいられたのに
   だれにも見えない糸が
   二人を結んでる
   星空の下 あなたも私を想ってますか?
   返せないあなたの日記帳 続きを書いてます
nice!(0)  コメント(10)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

坂道の少女 (シングル盤) [初期クラウン時代]

m_200347852.jpg

『坂道の少女』 作詞作曲:イルカ 編曲:木田高介

1980年4月25日3枚目のシングルとしてリリース。
1stアルバムと同時発売されたため、アルバムの影に隠れてしまった感のあるシングル盤。

ジャケットはアルバムと同じセーラールックに身を包み、
あどけない表情と自然な仕草がとても魅力的な聖子さんです。
アルバムとはまた違った、かわいらしいジャケットです。

坂道の途中で息切れする少女、背伸びをしても追いつけないもどかしさ・・・。
青春時代の胸が締め付けられるような想いが、ひしひしと伝わってくる詩です。

アルバムの中ではこの1曲だけ浮いているような印象もありますが、
そのアンバランスさがアルバム全体を通しての「キー」になっており、
タイトル曲として選んだ大きな理由のひとつでしょう。

70年代フォークの面影を残しつつの、せつないラヴソングです。

    おとなになろうとしたけれど
    おとなになれない 心がついてこない
    坂道の途中で 私なみだはらりはらり・・・

    ある日の朝とつぜんに あの人は消えていった
    移り気な猫の様に 二人の心につめを立てて・・・
nice!(0)  コメント(14)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

SHOKO・LIVE [初期クラウン時代]

m_200757470.jpg

『SHOKO・LIVE』 
1981年12月5日初のライヴ盤としてリリース。
同年の7月1日、「さわやかコンサートVol.3」
東京・日本青年館大ホールにて収録。

「多くのファンの熱烈なリクエストにこたえて・・・」というキャッチ・コピーのとおり、ファン待望のライヴ・アルバム。
次のアルバムは翌年だろうと思っていたファンにとって、少し早いクリスマスプレゼントだった。
白のシャツにチェックのキュロットスカートという、それまでのジーンズ姿とは一味違う可憐な沢田聖子。
この日のコンサートがライヴ盤になる、という事前の情報も流れていて、聖子さん自身の口からもそのことが語られ、ステージ上と客席の双方が緊張感に包まれていました。

デビュー前の神部さんとの猛練習、イルカさんのカムバック・コンサートに同行して培った弾き語りのステージ。
曲の合間のMCも小気味良く、お客さんを笑わせるコツも会得し、ライヴ歌手としても高い評価を得始めた頃でした。
沢田聖子のコンサートは「一見の価値あり」という評判が、ファン以外の人の口からも聞こえていました。

ジャケットの、何かに視線を向けた一瞬の表情が絶品です。
緊張感溢れ、ちょっと不安げな瞳・・・。
きゅっと結んだ口元に、彼女の意志の強さがよく現れています。
スタジオなどでは絶対に捉えることの出来ない、最高の表情です。

200242386.jpg

緑豊かで閑静な明治神宮外苑にたたずむ日本青年館は、2階席を含め1,360人収容の都内有数のコンサートホール。
一流アーティストへの登竜門とも言える格式あるステージ。
デビュー2年にしてソロのコンサートをこの会場で開催することが出来るこの時期の沢田聖子の人気、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでした。

それまでは小・中規模ホールだったことから、当日の客席の入り具合を心配した聖子さんでしたが、そんな心配はどこ吹く風・・・立ち見が出るほどの盛況振り。

聖子さんの「YAMAHA CP-80」を中心に、ギター、ベース、ドラム、キーボード、パーカッション、ストリングスのカルテットという豪華な編成。
ヴァイオリンの中西俊博さんは、イルカさんのバックとして今も活躍しています。

序盤、客席の掛け声に応える聖子さんのトーンの高い、やや昂ぶり気味の声。
あたたかいコンサートの雰囲気、緊張感が伝わってくる、いい場面です。
全編を通して感じるのは、客席と一緒になってコンサートを創る、一緒の時間をファンと過ごす、そして唄に込める気持ちを一人ひとりに伝えたい・・・という聖子さんの想い。
これが当時からファンの心をつかんで離さなかった、沢田聖子の魅力のひとつだと、このアルバムを聴いて改めて感じることが出来ます。

このステージで、未発表だった『涙はつばさに』を初披露しており、「心臓がばくばくしながら唄ったこと、今でもはっきり憶えている」と今もって語ることがあることから、聖子さんにとっても忘れられないコンサートだったのでしょう。

レコードの歌詞カードには、聖子さん本人のこのアルバムに込める想いが綴られています。
昭和56年の秋、19歳の沢田聖子の飾らない素直な気持ちが・・・。

「地味でもいい。息の長いシンガーになりたい。」という聖子さんの願いが少しずつ叶い始め、誰もが大きな飛躍を信じて疑わなかった時期でした。

200242399.jpg

動く自分を見たことのない人に自分のコンサートを知ってもらいたい、レコードではない自分の唄を聴いてもらいたい、という聖子さんの熱い想いのこもったアルバムです。

nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

ミモザの下で [初期クラウン時代]


ミモザの下で』 作詞作曲:イルカ 編曲:木田高介

ファーストアルバム『坂道の少女』収録
太田裕美さんも『12ページの詩集』というアルバムに収録している楽曲。
また、2001年6月にリリースされた『旧友再会』というマキシ・シングルのC/Wとしても、イルカさんと聖子さんが唄っています。

メルヘンチックでリリカルな世界観と繊細な詩。
イルカさんでなければ、こんな詩は綴ることは出来ない。
「ミモザ」とは春先に黄色い花を咲かせる花木で、フランスではミモザの木の下でキスをしたカップルは結ばれる、という言い伝えがあります。

ストリングス、ソプラノサックス、フルートなどの楽器が奏でる音色がきれいです。
イルカさんもコーラスで参加されています。
初めてこのアルバムを聴いた時、すぐにメロディーラインを憶えてしまったことを記憶しています。
耳心地も良く、自然と身体の中に入ってくるメロディ・・・。
これもイルカさんの成せる技・・・。

3分05秒という短い曲なのですが、かえってこれが功を奏していて、小さな宝箱の宝石のような輝きを放っています。

   夏のおわりに知り合った
   鳥の言葉がわかる人
   山のバス停走りながら
   手を振ってくれた

   ビリケン神様 お願いです
   風に揺れるミモザの下で
   あの人に再び逢えますように

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。