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2月17日 [想い いろいろ]

2月17日は、父の命日。

今日、ひと足先に一人で墓参りに。

もう30年近く前、自分が大学3年の時。
職場で倒れ、そのまま帰らぬ人に…。

中退して働かなくては…と一時は覚悟したけれど、
4年まで通わせてくれた母に感謝。

野球、サッカー、スケート、スキー、水泳、登山、釣り等々。
小さいころから色々なことをやらせてくれた父。

特に登山に至っては熱心で、中学の時に八ヶ岳、白馬に、
高校になってから穂高に登らされた。

八ヶ岳では、帰ってから私が高熱を出して寝込み、
白馬では山小屋が見つからず遭難しかかり、
母から何度もこっぴどく怒られたらしい…。

後年、登山を趣味としている人に登った山のことを話すと、
とんでもない名峰に登っていたことを知り、恐縮…。

他にも父に仕込まれた趣味や遊びが、
大人になってから役立っていることが多い。

ひとつ心残りなのが、一緒に酒を飲めなかったこと。
酒豪だった父の血筋を引いているためか、自分も…。
どちらがいつまで飲めるか…
一緒に飲み明かしたかった。

今日、墓の前で缶ビールを一緒に飲み、煙草も…。

おっと…
好きだったハイライトじゃなく、キャビンで我慢してな。
ビールも、キリンだったかな…。


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2月17日は、沢田聖子さんのお父様のご命日。

2009年2月17日。

その年の5月、デビュー30周年ツアーの千秋楽のステージで、
お父様がお亡くなりになっていたと知らされた時…。
びっくりした。

同じ日だったことはもちろん、
あのライヴの日だったのか…と。

相方と一緒に墓参りに寄ってから向かった…
最前列に席を取り、豪華な食事をしながらのライヴ。
アンコール曲で、聖子さんから指名されて…
相方と一緒に唄わされたステージ…。

ディズニーリゾート 『 Club IKSPIARI 』

当日、病院に立ち寄った後に会場に向かったという。
その時、すでに意識が朦朧としていたけれど、
聖子さんが手を握ると、握り返してきたと…。

リハーサル中に、お亡くなりになったとのご連絡が入り、
けれども、いつものように3時間のステージを唄い切り、
その後のサイン会までも…。

いつもと変わらない笑顔で唄っていたけれど…
どんな気持ちでステージに立っていたのか…。

時々ステージで、
「あの日のライヴは、辛かったな…」
とぽつりとお話しされることが…


  140216_1001~01.JPG


「ごめんね」

あの日、ライヴなんか気にせず
お父様のもとに駆け付けてほしかった。


もちろん、
プロの舞台人として…

お客さんが集まっている場を投げ出すわけには行かない。

楽しみに待っているファンを放り出すわけには行かない

仕事をしなければいけないのはわかってる。


けれども

ファンとして…

聖子さんをお慕いする者として…

今も謝りたい気持ちでいっぱい。

「ごめんなさい」



そして…

「ありがと…」



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コメント 5

johncomeback

僕の実父の命日は2月25日、もう44年になります。
僕は小学校5年生でした。

by johncomeback (2014-02-16 16:11) 

マインドスケッチ

私の父も既に他界しています。
命日は2008年12月2日でした。

いつの日にか父を越えてみせる。

儚き夢に終わってしまいました。
by マインドスケッチ (2014-02-16 19:15) 

リック

よい記事ですね、うるうるしますね(。>A<。)
by リック (2014-02-16 20:37) 

いっぷく

偶然というのはあるんですね
何かの因縁ですかね
by いっぷく (2014-02-17 03:15) 

駅員3

お父さまも、さぞかしお喜びになった事でしょう。

僕も父親と、盃を酌み交わしたかったです。
by 駅員3 (2014-02-17 12:58) 

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